第2話 激臭謎肉

 副題の通りである。めちゃくちゃに臭い、それも一体何の肉なのかわからん灰褐色の肉塊。それが今ワイの目の前に鎮座している。百均で売ってるメラミン製の皿の上で、茶色く変色したインゲン達と共にこちらを見据えている。


 いや、初めはハンバーグだと思ったんです。形的に。色的に。で、一瞬テンション上がったんよ。やった! ハンバーグだっ! って。小学生みたいに。正直病院食に肉を期待してなかったから、肉が出てきたことそれ自体への歓喜もあった。アニメの外伝的作品でどうせメインの主人公は出ないんやろ、と思ってたらめちゃくちゃいい場面で登場したみたいな。身構えている時に死神は来ないものだハサウェイ。みたいな。病院食初日で、ハンバーグ! 打ち鳴らすヴィブスラップ。


 しかし、妙なのだ。目の前に鎮座する灰褐色の物体はハンバーグのはずなのに、例のあの香ばしいナツメグの香りが一切漂ってこない。ぷーんはおろか、ふわりともせぬ。代わりに、魚の腐ったようなかほりが微かに漂ってくるではないか。それはまるでワイが幼少期に父と共に訪れたあの港町インスマスを彷彿とさせる悪臭。釣りをする御仁であれば伝わると思いまするが、晴れた日の防波堤に打ち捨てられたクサフグのミイラ、例えるならまさしくあの匂いでござった。名状し難いフレーバーにSAN値が#40のサンダーないし家計が苦しい時の旦那の小遣いばりにゴリゴリに削られていく。あー、ファンブルですね。どんまいです。


 およそ食品から漂ってくるとは思えぬにっほひに、ウッと、ウッーウッーと、込み上げるものがございます。でも一応、箸でつまむ。もしかしたら食えるかもしれない。そう、淡い期待を抱きながら。で、嗅覚器官を接近させる。


「いや、くっっっっさ!!」


 一体これは……何の肉だ? その瞬間、どういうわけか辺りが暗くなり、視界にビネット効果がかかり始めた。と思った。そういう気分だった。これはハンバーグではない。匂いもさることながら肉質が明らかに違う。大きな筋繊維が向きを揃えて残っている。つまり、ミンチをこねて成型したものではない。


 脳内に疑問符の畑が広がった。まるでアメリカの大農園だ。そして、

その金色こんじきに育った疑問符畑を掻き分け、満面の笑み(?)を湛えたインスマス面の乙女が駆けてくる。


「うっ……臭え。これはまさか、ぎょ、魚肉……?」


 否、魚肉であればいくら硬い魚でも箸である程度は解れるはず。それが全く解れない。恐る恐る、一口、喰む。


(ぎょぇえ……クソまずい)


 魚の腐ったような猛烈な香りが鼻から突き抜ける。塩味・甘味は皆無で、酸味とほのかな苦味、それから処理の甘かった居着き型チヌの内臓を煮込んだエキスを10倍に希釈したようなエグ味。食感はボソボソ、バサバサ、水分をほとんど感じない。


 控えめに言って不味い。遠回しに言って人間の食いもんじゃない。この際はっきり申し上げてこれはまごうことなきゴブリンの餌です。


 恐らく、何らかの淡白な風味の肉(鶏胸肉だろうか? 否、そこら辺にいる野良猫の可能性もある)を出汁(昼食で出た魚のアラか何かで取った煮汁の残りかと思われる)で長時間煮込んで味を染み込ませようと試みたのだろう。酸味は煮込みすぎた結果生じたもので、ほのかな苦味は肉の裏面が黒く焦げ付いていたことから察するに、長時間煮込み過ぎて出汁がほとんど蒸発、そして目を離した瞬間に焦がしてしまったことによって生じたものと思われる。


 まず、鶏胸肉を魚の煮汁で煮込むという発想がよろしくないし、酸っぱくなって焦げ付くまでやっちゃうところがすんごくダメである。ベンツのエンブレムもぎ取って回ってたころのカイジくらいダメッ。底辺である。せめて……せめて生姜を。生姜を入れてほしい。予算不足なのかもしれないけど、美味しい食事を提供して我々クランケ共に少しでも元気になって欲しいという気持ちがあるなら、生姜をひとかけ!


 あと、塩味と甘味。これは減塩食だからしょうがないと言った。だけど、これも考え方なんよ。恐らく栄養士が一食のトータルで塩分や糖分を計算して各々のメニューに配分してると思うんだ。ところがどっこい、味噌汁が普通にしょっぱい。メインの謎肉に塩味がないのそのせいちゃう? デザートが細切れになったシロップ塗れの桃の缶詰! メインの謎肉に甘味がないのそのせいちゃうん!? なんでバランスよくしない!? 牛乳かけたケロッグコーンフロストみたいなパラメーターにせんかい!


 で、結局一時間かけて茶色く変色したインゲンをおかずに白飯を食べた。一日目の食事、終わり。

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