第4話 料理長の安否

 おかしい……何かが変だ。


 ワイは比喩ではない方の据え膳を凝視しつつ、眉を顰めた。異常な事態が起きていた。どれほど異常かというと、ギャラガー兄弟が仲良く肩を組んでスタンドバイミーを熱唱しているくらいにイレギュラーでアンビリバボーな事態だ。どういうことかというと、飯が……のだ。


 それも、掛け値なしにである。


 おかしい。そんなはずはない。これはあってはならない事態だ。こんなことは起きてはいけないのだ。病院食はマズいのが当たり前で、その当たり前をどうにかするために実態を解明するのがこのエッセイの使命なのだ。だから、出された料理が美味しいなどという事態は絶対に、あってはならないことなのだ。


 それなのにどうして……今夜の料理はどれも美味いのだ。


 いや、予兆が無かったわけではない。昨晩もメインの鶏の梅肉(?)纏わせ蒸し焼きが美味かった。他のメニューが安定して不味かったせいでその異常性が霞んでしまっていたが、今思えばあれはこの異常事態の前触れだったのではないか。


 今夜は魚の煮付けに、山芋とにんじんの煮物、カイワレ大根と麩のすまし汁、そしてシロップ漬けのマンゴー。どれも、普通に美味い。いや、厳密に言えば昨日と同じで店で出されたらキレるレベルではあるが、家で普通に食べる分には十分すぎるほどのクオリティー。ああそうか伝わりづらいか……。例えばそう、カップラーメンをラーメン屋で出されたら怒るだろう? でも家で作って食う分には十分美味い。何ならうめーうめーと言って食べるよな? つまりそういうことだ。


 昨日まであんなに悪臭を放ち、口に入れるのも憚られるようなものが出ていたのに、突如、人間が食べられるクオリティーの食事が提供された。これはもう、由々しき事態だ。


「料理長……」


 ふと、ワイの唇からその言葉がこぼれた。ほとんど無意識だった。


「料理長の身に、危険が及んでいる……」


 確信と共に視線を上げ、正面の壁紙を見据えた。病院創立以来おそらく張り替えられていないであろうその壁紙には、所々茶色いシミが古地図の島々のような模様を描いていた。


「これを作ったのは昨日までの料理長ではない……ワイにはわかる。これは全く別の人物による仕事だ」


 脳裏に、料理長のあの言葉がぎる。


「二度と『体壊したら入院すればいいや』なんてヒマでクソな考えがもたげない位マズい飯を出してやる。あたちを呪いながらあたちの出す飯を食ってあたちの飯で生きるんだ。もしお前がちょっとでも今の覚悟を忘れて堕落したらまたあたちがマズい飯を出してやる。安心して生きろ!」


 病院食に嫌気がさして皆が早期に退院できるよう、二度と入院しなくて済むよう、あえて不味い飯を出してくれていたあの料理長——彼(彼女)の身に何か起きたに違いなかった。きっと患者を想うがゆえの行動が病院側にバレてしまったのだ。病院は患者に入院してもらったほうが儲かるから、料理長の信念とは相反する立場にある。


 おそらく監禁されてしまったか……最悪、消されてしまった可能性すらある。


「……料理長」


 ワイは箸を握った。魚の煮付けが美味い。皮まで食べられる。ご飯に合う。普通においしい。


「料理長……どうか、ご無事で」


 山芋とにんじんの煮物を口に入れて、目を瞑る。スーパーの惣菜レベルだが、普通に美味い。ご飯が進む。すまし汁を飲む。口の中がさっぱりした。美味い。


「マンゴーのシロップ漬け、ウメー!」


 料理長、退院したら助けに行きます。それまで大人しく待ってて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る