「白猫は今夜も俺の腕のなか」後編

 わあっ!

 佐藤さんトコの猫が今夜も俺んちにやって来てるよ〜。

 俺の部屋のドアの前にお行儀よく座っているのだ。


 気品に溢れたその猫は、同じシェアハウスの美人で大人しい佐藤小梅さんの飼い猫なのだ。


 白猫は飼い主と似て美しく高貴な雰囲気すら漂わせている。

 俺は抱っこして自分の部屋に入った。


「猫ちゃん、君さ、俺の部屋が気に入ったのかな〜?」


 先日、小梅さんに白い猫の名前を聞いたらなぜか焦った様子でしどろもどろ。

 どうしたんだろう、言うのが恥ずかしい名前なのかな?

 俺はそれ以上は追求出来なかった。

 聞かれたら困る名前か〜。

 めちゃくちゃ凝ってる貴族の名前とか、もしや好きなアイドルや俳優の名前?



 白猫は俺のそばを離れない。


 こんなに懐いてもぉ可愛いやつめ〜、毛並みが最高、触り心地も最高だ。


 やはり猫だから撫でてやると気持ちよさげにころころと喉を鳴らす。

 いつも俺の部屋に来るから、猫ちゃん用のミルクを買っていた。


 いつしか白猫用になってしまった平皿を取り出しミルクを入れてやる。すると、佐藤さんの猫は「にゃーん」と甘えた声を出した。


 俺はこたつに潜り込んで、白猫を撫でた。

 瞬く間に眠気が襲ってくる。


「猫ちゃん、佐藤さんはまた遅いの? ……ああ、眠い。俺もカフェのバイトで疲れたや」


 白猫のくりくりの綺麗な瞳は俺を心配してるかのように、キラッと涙で光った気がした。


 そうして白猫が頰ずりしてくる。

 あったかい……くすぐったい。


 俺は幸せな気分でうとうととしていて、抗えないほどの眠気にすーっと意識を手放していた。







 朝になっていた。

 昨夜はあまりにも疲れ果ていてカーテンを閉め忘れてしまったから、朝陽が直接部屋にさしこみ、俺の顔にも明るい粒子が注がれていた。


「眩しいなぁ〜。……あっ。……やべっ、こたつで寝ちまった」


 そういや白猫はどうした?

 自分で鍵を開けて帰ることもあるぐらい賢い猫だ。

 佐藤さんの部屋に帰ったかな〜?


「んんっ? うわっ、うわ――――っ!!」


 俺は思わず叫んだ。

 

 だっ、だっ、だって。

 白猫がいたはずの俺の横には……さ、さ、佐藤さん? 佐藤小梅さんが寝ている。

 気持ちよさそうに、健やかな寝息を立てて。

 まるで天使のようだな……、ってそうじゃないっ!

 俺はありえない光景に頭が追いつかない。

 この俺の部屋に憧れの佐藤さんが寝ている。

 俺の、俺のこたつに、佐藤さん。


 むさくるしい俺の部屋にアンバランスな天使が寝ているから、俺はどうしたってあたふたしてしまうんだ。


 それに肝心の白猫はどこ行った?


「ちょっ、ちょっ、ちょっとどういうことだぁ?」


 テンパり具合はフル回転だ。

 思考がヒートしていく。


 佐藤さんは飼い猫を迎えに来て、寝ちゃったのか?


 ……いいや、たしかに俺は鍵をかけて寝たはずだ。

 思い違いか?

 きっと俺は鍵をかけ忘れたんだろう。

 そうじゃなきゃ、佐藤さんが俺の部屋に入って来れるわけがない。


「にゃーん♡」

「えっ?」


 佐藤さんが寝言を言った。

 猫語だ。

 可愛い……、っておい! そうじゃないだろう。


 ……起こすか〜、起こさないほうが良いのか〜?


 それから白猫はいったいどこぞへ行ったんだ。


 どうしよう!

 二度寝しちゃうか。

 もしかしたら、これはぜーんぶ幸せすぎる夢なのかもしれないじゃん。


 俺はもぞもぞと布団に潜り込んだ。

 そうそう、これは夢だ。

 俺なんかにこのような素晴らしいシチュエーションが訪れるわけがないのだ。


「はあああっ、アホらし。寝よ」


 自分の妄想を詰め込んだ夢に振り回されたぜ。

 夢のなかで夢を見ることはまれにある。


 さあ、現実の世界に戻るために、熟睡しようではないか!


 目を閉じたが、すっかり目が冴えてしまい、いっこうに眠くならない。

 天井を仰ぎ見て横に視線をそっと移すと……、

 いっ、いる――っ!!!!

 佐藤小梅さんが、やっぱり俺の部屋にいるぞっ!


「にゃにゃっ、にゃーん」

「また寝言……? 佐藤さんって飼い猫が大好きなんだな」


 佐藤さんはきっと白猫を可愛がっている夢でも見ているんだろう。


 だけど、この状況はいったいどうしたら良いんだ。

 非モテの人生を一直線に歩んできた俺にとって、女子にどう接すれば良いのかがちっとも分からんじゃないかあっ!

 しかも俺の部屋でうっかり眠ってしまった美人の佐藤さんだぞ。


 あの白猫、飼い主を放ってどこへ消えたんだか。

 誰か、どうしたら良いのか教えてくれ。助けてくれーっ。


 とりあえず、このままでいるしかない。


 気持ちよさそうに寝ている佐藤さんを無理矢理に起こしては可哀想だ。


 佐藤さんの寝顔を見つめてしまう。


 無防備な彼女の規則的に繰り返される呼吸は、俺に癒やしを与え、眠気を誘ってきた。


 うとうと……うとうと……、まぶたが降りてきて……。



          ◇◆◇



「きゃあっ! ……どっ、どうしよう。私ったらこの部屋で寝ちゃったんだ。朝になったら人間にもど……」


 麗しく高らかな叫び声に俺は眠りのふちから覚醒をさせられた。

 佐藤さん、起きたんだ?


「……ふわあーっ。おはよ、佐藤さん」

「ひゃあぁっ、ごめんなさいごめんなさいっ! 失礼しましたっ、お邪魔しました〜!」


 俺はちょっと寝惚けてた。

 ぼんやりとその光景を、起き上がった佐藤さんを眺めている。


 佐藤さんがあわわわわっと焦りながら慌てて立ち上がり、俺の部屋から去って行くのをぼやーっと見つめ、視線をただ追っていた。


「うんっ? 尻尾? ……まさか、な」


 コスプレだ。きっと……。


 慌てて小走りに駆けていく佐藤さん、俺には白い尻尾が揺らいでいたように見えていた。


 そう、まるで、あの可愛い白猫の尻尾みたいに……。


 ファッションとかコスプレだよな? 流行ってんのかな?

 そういうパジャマとか……?


 俺は眠たい目をこすった。


 かなり俺は寝惚けていて、この時点では頭が正常に働いていなかった。


「猫、どこ行ったんだ? ……佐藤さんもつい俺の部屋で寝ちゃうとか案外見た目に寄らずおっちょこちょいというか……、待てよ? 俺のこともしかして佐藤さん……いや、そんなことあるわけがない」



 あとで共同スペースで佐藤さんに会った時、俺の顔を見た彼女の頰がりんごみたいに真っ赤に染まっているので、俺はそんな彼女も美しくて可愛らしいとか思うわけなのだが……。


 相変わらず、白猫の名前を聞き忘れていることに気づくのだった。



                     おしまい🐾

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

佐藤さんトコの猫がまたもや俺の部屋にやって来る 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ