第5話 仲間②

「きかーん! あー、お腹空いた」

「ポチカちゃん、もうちょっとゆっくりドアを開けた方がいいんじゃないかい? 目の前に人がいたら危ないよ」

「だーいじょうぶ、人がいたためしが無いから。……って、あれ。人いたわ」


 ポチカと呼ばれた女性は、ドアにぶつからないよういち早く避けたケルンを認めた瞬間、目を丸くする。

 明るい茶髪をポニーテールにし、前髪を斜めがけにしてピンで止めている。膝丈スカートから覗く引き締まった太腿としなやかな両足は黒タイツに覆われ、彼女のスタイルの良さを引き立たせていた。


「ほら、言わんこっちゃない」


 彼女の後ろにいた銀髪の男性が苦笑する。

 年齢は五十代くらいだろう。優男な面立ちには年相応の皺が刻まれている。だが、その温和な表情とは裏腹に、思わず見上げてしまうほどの高身長とスーツ越しからでも分かる鍛え上げられた筋肉がケルンを圧倒させた。


「警察官たるもの、思い込みや根拠のない予測は禁物。お前、よくそれで第一班ウチに入れたな」


 男性警察官の背後から、凛然とした声音が冴え渡る。

 最後に入室したのは、赤紫のショートボブと涼しげな目元が印象的な女性警察官だった。ポチカと同じか少し上くらいの年だろうが、彼女とは対照的な容姿と態度をしている。


「えへへ、馬鹿力だけが取り柄なもので」

「へらへらするな」

「相変わらずフォリア先輩は手厳しいですねえ」


 叱責されても溌溂とした口調を崩さないポチカに、フォリアなる女性警察官は冷徹な面差しのままフンと鼻を鳴らした。


 ――曲者揃いっていうのは、やっぱり間違いじゃなかったんだな。


 新たに参入した三人とまだ言葉は交えていないが、彼女たちのやり取りからある程度の性格や関係性が窺い知れた。

 ケルンは本当に自分がここでやっていけるのかと、今更ながら不安に駆られる。


「三人共、おかえり。ちょうど良かった。彼がケルン・アイスフェルト君だよ」


 ラシーヌが手を向けた先に、三人の視線が集中する。

 その圧に押され、ケルンはおずおずと首を垂れた。

 ポチカは目を輝かせながら「へえ、この人が!」と食い気味に反応する。


「どおりで知らない男の人がいると思ったよー。あたしはポチカ・トルストイ。階級は見ての通り巡査部長。ロスと同じ!」


 ポチカは身に着けている紫色のネクタイを指し示す。


「あ、ロスは知ってる? そこにいるツートンカラーのパソコンオタクなんだけど」

「えっと、はい……。さっきご挨拶させていただきました」

「そうなんだ! あ、さっきはごめんね? いやまさか、ドアの前に人がいるなんて思わなくてさー」


 捲し立てるポチカから一旦視線を逸らして、ケルンはラシーヌを一瞥する。彼女はケルンと視線がかち合うや否や、その意図を察して静かに頷いた。どうやらポチカこそが『もう一人のうるさい人』らしい。


「騒々しくて申し訳ないね」

「いえ……! 大丈夫です」


 困惑するケルンに、年長の男性警察官が歩み寄る。

 彼のネクタイを盗み見ると黄緑色だった。ということは、彼はラシーヌと同じ警部長。年功も相まって、ベテランの警察官と言えた。


「ようこそ、第一班へ。私はランケ・ガウス。見ての通り、第一班のなかでは一番年老いていてね。若手ばかりの精鋭集団に何でこんなジジイがと思われるかもしれないけど」

「とんでもありません。いくつであっても、第一班に所属されてるだけで皆さんには尊敬の念しかないですから」

「ははは、そう言ってもらえて嬉しいよ」


 これからよろしく、と差し出された手をケルンは握る。

 ごつごつとした分厚い手。紳士然とした穏やかな振る舞いにそぐわない強めの握力に、ケルンは内心冷や汗を掻いた。

 握手を交わし終え、ランケの隣に佇んでいたフォリアに目を向けると、彼女は腰に手を当てて名乗り始める。


「フォリア・アルメイダ。階級は警部。警察学校を首席で卒業したからって慢心するなよ。第一班ここで取り扱うのは凶悪なオークションばかり。なかにはマフィアやテロ組織絡みの難事件もある。個人の油断やミスが班全体を危険に晒すことをよく肝に銘じておけ」

「はい」


 ケルンが真剣な面持ちで首肯すると、


「まーたフォリア先輩が新人いびりしてるー」


 ポチカが呆れ顔でそう言いながら割り込んできた。


「気にしなくていいからね、ケルン君。フォリア先輩が新人や後輩に厳しいのはいつものことだから。あたしが第一班に入った時も同じ洗礼受けたし」

「お前の減らず口もいつものことだろ。それがいき過ぎた場合、私がお前に何をするか分かったものじゃないぞ」

「何かしちゃったら先輩、もう警察官としていられなくなりますよ」


 仲が良いのか悪いのか、彼女たちが舌戦を繰り広げているのをぼんやりと見つめながら、ケルンはふと疑問に思う。


 ――あともう一人、いるはずだよな。

 

 自分を抜いて、まだ六人しか知らない。休憩中とツヴァイクが言っていたから、その人はまだ戻ってきてないだけかもしれない。


「ツヴァイク、あの人はいつものとこ?」

「だと思いますよ」


 ラシーヌの問いにツヴァイクが首肯する。なぜか彼女は嘆息して「しょうがない」と踵を返してドアノブを握った。


「こっちから出向いてやるか。ケルン、ついてきて」

「はい」


 あと一人はどんな人なんだろう。期待と一抹の不安を胸に、ケルンはラシーヌの背を追った。

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オークション・ポリス 海山 紺 @nagigami

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