第24話 別れた理由


「ふふっ……」


 女子高生が正座をして、読書を楽しんでいる、鼻歌交じりで。

 読んでいる本が未成年には、よろしくないものだが……。

 

 俺が原作を担当したエロマンガを、実の妹が読んでいる。

 というのも、葵はこの作品のモデルを知っているから。


 綺麗に掃除された部屋やキッチンを見て、勘違いした葵。

 俺が元カノの未来とよりを戻したと……。

 なんて説明したら、誤解を解けるのだろうか?



 学生時代。未来と付き合い始めたころ。

 両親とは受験のことで大喧嘩して以来、会っていない。

 だが、年の離れた妹。葵とは仲が良く。頻繁に連絡を取り合っていた。

 

 実家は同じ福岡市内とは言え、片道1時間ほどかかる。

 小学生だった葵は俺に会いたい一心で、アパートへ遊びに来てくれたのだが。

 そこで同棲していた未来と遭遇し……意気投合。

 いつか本当のお姉ちゃんになって欲しい、とまで褒めていたっけ。


 あいつに懐いていたのは、分かっているが。

 別れたことはちゃんと伝えておかないと。



「なあ、葵」

「ん? なに、翔くん」


 相変わらず、エロマンガを嬉しそうに眺めている。


「いいか。真面目な話だ。ちょっとマンガを読むのをやめてくれ」

「あ、はーい」


 ようやく読むのをやめてくれたが、現在読んでいるページを開いたまま、畳の上に置く。

 そんなに、兄貴の頭の中を覗きたいのか。

 ちゃぶ台を挟んで、妹と向き合う。


「あのな、その……お前、誤解していると思うから、訂正しておきたいんだ。俺は本当にあいつ。未来とはもう付き合ってないんだ」

「え?」

「別れてもう3年になる。それ以来、会ってないよ」

「ウソでしょ……」


 言葉を失う葵。


「本当だ」

「じゃあさ、翔くんが未来さんに振られた理由ってなんなの?」

「それは……」


 なんて返せば良いか、分からない。

 あの頃は、妹も小学生だったし、子供扱いしていたから。

 俺たち二人の関係は、ちゃんと説明しなくても良かった。

 しかし今は、高校生だ。

 もう噓でどうにかなる、年齢じゃないだろう。


 俺は覚悟を決めた。


「実はな。別れを切り出したのは、未来じゃない。俺から別れようって言ったんだ」

「はぁっ!? 翔くんの方からだったの!?」

「そうだ、お前も今の未来がどんな人間か、知っているだろ? あの週刊少年“チャンプ”の連載を抱えているプロだ」


 元々、プロのマンガ家志望だった未来は、在学中に賞をもらい、商業デビュー。

 今じゃ売れっ子の仲間入り。

 貧乏な作家の俺と違い、10人以上のアシスタントと一緒に毎晩、睡眠時間を削ってまで作品を描いている。

 この前、アニメ化まで決まっていると聞いた時には驚いた。


 だから俺自ら、身を引いた。

 ヒモになんてなりたくないし、あいつの足を引きずっているようで。

 俺が本当にあいつのことを想うなら、彼女の夢を応援しようと……。


 これらを全て葵に話し終える頃、妹の目には涙が浮かんでいた。


「そ、そんなことで……未来さんを振ったの?」

「え? だって、俺が邪魔だと思ったから。大事なことだろ?」

「翔くんのバカっ!」


 大人になったと思っていたが、まだまだ中身は子供だな。

 赤子のように泣いて叫ぶ妹を見て、それだけあいつを慕っていことに気がつく。


「こればかりは、当人同士の問題だろ?」

「ぐすん……だって二人はいつか結婚すると思って、楽しみにしていたんだもん」


 と唇を尖がらせる葵。


「そりゃ俺だって、嫌いで別れたわけじゃない。ここからは大人の話だから……」


 そう言って話を終わらせようとした瞬間、葵がしかめっ面で俺を睨む。


「じゃあ未来さんを振った時、なんて言ったの? 大人の振り方ってやつ」

「う……」


 痛い所を突かれた。


「別れたんだし、教えてくれてもいいでしょ?」

「その……あいつ。未来を傷つけたくなかったからさ、『好きな人が出来た』って嘘をついた」

「……」


 黙り込んで視線を畳に落とす。


「どこが大人なの?」

「へ?」

「未来さん。絶対、傷ついてるよ! お兄ちゃんの嘘なんて、バレバレだと思う!」

「そ、そんなはずはないだろ……。だってそう言ったら、あいつ。笑って『そっか』て円満に別れられたし……」


 俺が喋れば喋るほど、妹の顔は真っ赤に染まっていく。

 そしてゆっくり立ち上がると、大声で泣き叫ぶ。


「翔くんのバカバカっ! 全然、女の子の気持ちを考えてないよ! 未来さんは気を使って笑っただけ! あとで目を腫らすまで泣いてたはず!」

「え……?」


 と葵から元カノの心情を聞いていたところで、思わぬ来客が。


「ああーっ! おっさん、女子高生を家に入れてるじゃん! パパ活とか見損なったぜ!」


 圧力鍋を持った航太が、玄関に立っていた。

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