第49話  驚く珠子

 私はもう、本当の本当に、いや〜になっちゃったんですよ。

 私がマティウスと仲良くお話しをするのはいつものことだし、そもそも妻(エレーナ)公認の上での交流(ただ話をしているだけ)だっていうのに、

「お前、ブラジル人に体を売って金を貰っているんだろう?」

 はああぁああ?ですわ。なんでやねん、どないやねん、どうしてそないなんねん!生粋の関東人である私だって、ツッコミを入れたくなりますわ。


 誰がそんなアホみたいなことを言い出しているのかと思ったら、男前で日本人女性に人気の崇彦さんと雪江ちゃんの二人が出元みたいです。最近ではそこに美代ちゃんまで加わって、キャイキャイ、ワイワイ言っているって訳ですよ。


 徳三さんが元気だった時にはね、即座に長―い釘を深く刺してくれたので、そんなアホみたいな話は即座に雲散霧消したんだけど、徳三さん、二回目のデングに罹って前後不覚の状態になっちゃっているのよ。


 デング熱、こっちでは『デンギ』って呼ぶんですけど、蚊を媒介にする病気で、物凄い高熱が何日にも渡って出るけど、一回目だったら命に問題ないんです。これが二回目になるとショック症状を起こしちゃうので、デングの二回目は大概死ぬって言われているのです。だけど、徳三さんの息子さんである九郎さんが毒草(毒薬?よくわからない)を使って、止まりそうになった心臓を一か八かで復活させたんですって。すげーなって感じです。


 徳三さんは母が再婚した辰三さんの異母弟で、辰三さんに対して並々ならぬ恩を感じている人なのです。その辰三さんがブラジルに渡るって決めた時には、即席の自分の家族を作って同船をするほどの行動力。だから、徳三さんの二人の息子さんは血が繋がっていない。長男の名前が九郎っていう時点で、養子ですか?って感じですしね。その九郎さんが毒草を使って・・うーん、世の中は本当に謎に満ちていますよね。


 とりあえず徳三さんのことは置いておくとして、うちの家族、本当の本当に最低。そもそも私は子供の頃に激しい折檻を受けた末に、一ヶ月近く入院。その後、母方の祖母の家に引き取られた関係で、自分の母とか、姉とか、自分の家族だと思ったことがないんです。


 ただ、私に助けの手を伸ばしてくれた辰三さんが、

「珠ちゃん、頑張れよ」

 って、死ぬ間際に言うから、頑張って二人(母と姉)の面倒をみろよって言われたのかと思ったの。だからこそ、今まで暴力を振るわれようが、飢えて果物だけの生活になろうが、面倒を見てやっていたってわけ。


 だけど、

「出て行け!お前はもう出て行け!」

 と、母が叫んだから、ああ、ようやっと解放された〜と思ったわけですよ。


 私から縁を切ったわけでなく、向こうから縁を切ったわけです!義理の妹に手を出そうとする鬼畜(あの時の久平は本当に怖かった)と同居とかもう無理だし、姉はいつまでもあんなだし、もういいよね!辰三さん!私もう、頑張りません!


 何もかもどうでも良くなった私は農場から脱出して、サンパウロ中央都市を目指してやろう!と、思ったんです。元死刑場だとか言う『リベルダージ』っていう場所に日本人が集まり始めているって言うし、そこに百合子さんも居るだろうから、きっと私の働き先くらい見つけてくれるだろう!百合子さんのところに行こう!そうしよう!


 そんなことを考えていた私は、頭が朦朧としていたんだと思います。サンパウロ中央都市はシャカラベンダ農場から無茶苦茶遠いって言われているのに、女一人でどうやって移動をするというのだろう。ここは、何とか山倉さんがやってくるまで糊口を凌いで、木の上とかで生活をして、山倉さんが来た時に、お願いして連れて行ってもらうしかないと言うのに・・


「珠ちゃん・・いくら何でも木の上で生活をするのは無理だよ」

「え?」

 冷たい手拭いを額の上に置かれた私が目を開くと、髭を剃ってすっかりきれいになった松蔵さんが私を見下ろして言いました。

「木の上は無理だよ、オンサが登ってくるかも知れないからね」

「ああ〜」


 夜の闇を照らすカンテラの灯りが部屋の中をほんのりと明るく照らしている。見たことがある寝床は前に私が松蔵さんの家で利用させてもらったものであり、どうやら私はそこに寝ているらしい。喉が痛い、頭が痛い、全身が痛い、この症状は・・

「熱、出ていますよね」

「うん、すごい熱だよ」

 ああ〜、私、ここで終わりかも知れません〜、これは詰んだかも〜。


 高熱を発する病気って本当に多くってですね、マラリアかも知れないし、デング熱かも知れないし、黄熱病かも知れないし、破傷風とかもありうるし、ああ!何の病気なのか分からない!


 ブラジルでの生活において、病気は本当の本当に大敵でした。熱が出るのは日本でも経験しているんですけど、日本で熱って大概が風邪じゃないですか。だけど、ここブラジルでは高熱を発する恐ろしい病気が山ほどあるし、本当の本当に、すぐに死んじゃうんです。

 悔しいなあ・・だけど、私の面倒をみてくれている松蔵さんにだけは、これだけは言っておかなければならない。


「松蔵・・さん」

 喉めちゃ痛い。

「何?」

「腹巻き・・お金・・入っているの」


 そう、腹巻き、追い出されても最後まで持ち出すことが出来た腹巻には、私のなけなしのお金と百合子さんから貰った金も入っているんです!

「お金、松蔵さんにあげるから・・」

 悔しいです、本当は私がお金は自分で使いたかったのに。だけど、死んだ後に親のところに渡っても業腹なので、

「お金、今後の生活に使って」

 あなたに使って欲しいです。


 私の今際の際の言葉に、松蔵さんは絶句をすると言いました。

「嫌だよ、そのお金は珠ちゃんが自分で使ってよ」

 使えねえんだよ、もう死にそうだから。


「エレーナが言っていたけど、珠ちゃんの熱は心労とか過労によるものだって」

「え?」

「デンギとかマラリアとかフェブリアマレイラ(黄熱病)とかの熱の出方とは違うし、これくらいの熱だったら心配ないって」

「これくらいの熱って言うけど・・結構・・死ぬほどキツいんですけど・・」

「珠子ちゃん、あんまり病気とかしないでしょう?」

「うん」

「普段、病気しない人が病気に罹ると、普通の人よりも辛く感じるらしいし」

「うん?」

「今は何も心配しないでゆっくり寝なさい」


 そう言って松蔵さんは私の頭をぐりぐりと撫でると、良く熟れたパパイヤを持ってきてくれたのだった。スプーンで松蔵さんが手ずから食べさせてくれたんだけど・・病に罹った時のパパイヤって本当の本当に!驚くほど美味しいんだな!





    *************************


 今年のブラジル(今現在)デング熱がめちゃくちゃ流行しているんです。高熱を発しても、それがコロナなのか、デングなのか、黄熱病なのか、シクングーニャなのか、ジカ熱なのか、わかんない!わかんない!って言うんですね。私がブラジルに住んでいた時にもデングが流行して、友達のお母さんがやたらと痩せてたので「え?どうしたの?」と質問したらデングって。他にも会う人、会う人、デングに罹った〜って言っていたんですけども、今はフェーズが変わって、何の病気か全然分からん!みたいになっちゃうみたいです。入院したら流石に病名判明したみたいですけども。今はブラジルは冬に向かっているはずなのに・・暑くて蚊が死なないと言うんです。温暖化の問題がここにも現れているんですね!!


ブラジル移民の生活を交えながらのサスペンスです。ドロドロ、ギタギタが始まっていきますが、当時、日系移民の方々はこーんなに大変だったの?というエピソードも入れていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!

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