第44話  悪魔みたい

 僕は長い戦いの末に森の主みたいなオンサを倒したわけだけど、血抜きをするのに都合が良い水場がその時はなかったから、そのままの状態で農場まで持って来てしまったんだ。


「「「「腐ったら困るから!」」」」

「「「「早く!早く!早く」」」」


 みたいなことをポルトガル語で言われた僕は、普段は奥様達が洗濯をする川とは別の方(少し水が濁って汚いので、生活用水として使われていない)で、オンサの解体をすることにしたわけだ。


 そうしたら、奴の腹の中から人間の衣服と思われるものが複数出て来ちゃったわけだよ。オンサが人間を食べるのは知られた話だけど、この主は肝が据わった奴だったから、人が住む生活圏までわざわざ降りて行って人間を捕食していたってわけさ。


 これが熊だったら、一度味を覚えた餌場はいつまでも覚えているという習性で、同じ村とか家とかに降りて行ったのかなと考えるわけだけど、僕はオンサの習性なんか知らないし、

「「「ノッサセニョーラ」」」

 本当に、ノッサセニョーラだよ。オンサはこいつだけでなく、複数の個体を見つけているから、人間を餌だと認識しているのなら殺しておいた方が良いのかもしれない。


 珈琲農場は珈琲豆の収穫の時期以外は比較的落ち着いて暇だから、オンサの解体にはブラジル人カマラーダも手伝ってくれたんだけど、

「ノッサ!」

 若い奴ほど顔が真っ青になっている。なにしろ腹の中には人の指とかも残っていたからね。


 そんな訳で、支配人が農場からは少し離れた場所に住む住民にオンサの被害がどの程度発生しているのか確認するって言っていた(みたい)なんだけど・・

「マツ!ボセカッサコンチニューア、ナオンプレシーザジトラバリャアキ、タ?」

 と、僕に農場で働かなくていいから、オンサ狩りを続けろみたいなことを言い出したわけだ。


「ナオンダ(出来ない)」

 僕は宣言した。

「ポルケオウトロペッソーア、ナオンポージチラペーリダオンサ(他の奴はオンサの皮剥が出来ないから)エウケーロプレゼンチパラパトロン(農場主にプレゼントしたいし)ポルイッソ(だから)エウプレシーゾジチラペーリダオンサ(僕が皮剥をしないといけない)」


 ここで一応補足しておこう。

 僕は今まで朝鮮に行き、満州に行き、朝鮮語と満州語を戦地で学んだ経験があるのだが、ポルトガル語は言語形態が全く違う。だから、まずは良く使う単語を覚えて並べることを繰り返す。普段から片言でも話し続けるように自分に課しているところがある。


 兎角日本人は、

「きちんと話せなければ恥!」

 などと言い出すのだが、ここブラジルにおいては無言で話さない方が失礼なのだ。


 長々僕がポルトガル語を話したように思えるかもしれないけれど、わかりやすい単語をくっつけて並べているだけであって、プロに言わせれば『それは違うだろう!』と言うツッコミが来るかもしれない。だがしかし、山倉通詞だって大概こんなもんだ。そもそも我々には訛りあるんだ!伝わりゃ良いんだよ!伝わればね!


 ちなみに支配人とかカマラーダのリーダーであるジョアンなんかも、僕ら外国人が分かりやすいように話してくれるので。


「タボン(分かった)ボセテンキチラペーリダオンサペルフェイトタ?(君は完璧にオンサの皮剥をしなさい、分かった?)」

「タ(分かった)」


 あぶねー!ここでお前はまた森に潜れと強行に言われたら、再び珠子ちゃんを放置することになるところだった。とにかく、絶対に、珠子ちゃんの母と姉は、数日中には珠子ちゃんを取り返しに来るだろう。


 あんなに虐めているのに何で取り返しに来るのだと疑問に思うかもしれないけれど、珠子ちゃんはあの二人にとって、自分たちの鬱憤を解消するための道具みたいなものなのだ。所有物と言っても良いだろう。


 とにかく、オンサをある程度片付けたら、徳三さんのところへ話しをつけに行った方が良いのかもしれない。


「松蔵さん!心配しないで!珠子ちゃんは今、和子さんと信子さんが面倒を見ていてくれているから!」


 僕がオンサの肉を切り開いている時に、何故だか真っ青な顔をした正一が僕の方へとやって来て言い出した。


「ごめん!松蔵さん!ごめん!珠子ちゃんのことを頼むって言われていたのに!俺たち全然うまく出来なくて!挙句の果てにはこんなことになっちゃって!」


 僕は森に入る前にカマラーダの若者四人組に珠子ちゃんのことをくれぐれも頼むと散々お願いをしていた訳だけれど、なにしろ家の中で行われている暴力だし、僕自身、過去には全く手出し出来ずに後悔したものだから・・


「すぐに女の子達を呼んでくれたってことは、彼女達の協力も仰いでくれていたってことだろう?珠子ちゃんの家族を相手にするのが難しいっていうのは十分に知っているし、君たちはやるだけやってくれたって僕は感謝しているくらいで・・」

「そうじゃないんです!松蔵さん!」


 正一は後悔しまくっているような顔で言い出した。


「俺、松蔵さんが帰って来た時に支配人に知らせに行かなくちゃって思って、近道ついでに松蔵さんの家の前を通ったんです。そしたらそこに、ボロボロの珠子ちゃんがいて・・」


 正一は自分の胸を掻きむしりながら言い出した。


「何でも久平さんが珠子ちゃんの寝込みを襲って来て、それに気が付いた増子さんが自分の夫を誘惑するなって言い出したんですかね?そこで激しい折檻を受けたみたいで、元々ボロボロだった珠子ちゃんが、更にボロボロになっていたんです!」


 はあああああ?


「その時俺、何て返して良いのか分かんなくなっちゃって・・それで、女は大変だなあって、だって女の子だから襲われる危険があるわけで・・俺、男で良かったとか意味不明なことを言っちゃったんですよ!」


 正一は顔を覆って泣き出した。


「だから俺は女の子にモテないんだ!もっと言いようがあったのに!俺、その後は逃げるように支配人のところに向かっちゃって!その後、珠子ちゃんの居るところに戻ったんですけどすでに居なくって、それでこんな有様になっちゃっているんです!」


 ウワーッと泣き出す正一には言いたいことはいくつもあるけれど、まずは久平というクソ男を半殺しにしなければならないだろう。いや、ここはブラジルだから殺しても良いのかもしれない。死んでもナオンテンジェイト(仕方がない)らしいし。そうだな、是非ともそうしよう。殺してしまおう。


「松蔵さん!人殺しだけはやめて!」 


 正一にそう言って飛びつかれたんだけど、僕は相当に恐ろしい顔をしていたらしくって、

「パレッシキジアーボ!(悪魔みたい)」

 と、近くのブラジル人に言われちゃったよ。

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