第28話 君たちはどう生きるのか
四人の若者、正一、茂、三郎、清という名前なんですけど、18歳から20歳の働き盛りの若者たちで、
「ブラジルに行けば金儲けが出来るから!」
という親族であるおじさんの言葉に乗せられて、はるばるブラジルまでやって来てしまった若者たちということになります。
「カマラーダとして働いている間は、3食の食事は出たのに!」
「寝床だって与えられたのに!」
「食事なし!寝床なしだなんて!」
「お前が悪いの一点張りなのは納得いかない!」
誰が悪いって、不景気で人が余っているような状態の日本から、完全に騙すような形でブラジルくんだりまで日本人を移動させた日本政府がまず悪い。
そんな日本政府と移民公社の嘘にまんまと騙されて、自分の家族どころか甥っ子たちまで連れて来てしまった家長が更に悪いってことになるんでしょうけれども・・
「「「「もう!日本に帰りたい〜!」」」」
わーっと泣き出す四人組を眺めながら、松蔵さんはやけに冷静に眺めているなって思いましたとも。
「あのさぁ、松蔵さんは騙されたって騒がないの?」
「僕が?何故?」
松蔵さんは心底驚いたみたいな様子で私の方を振り返ります。
焚き火はパチパチと燃えているし、その焚き火を囲むようにして切り株に腰をかけている四人組は泣いているし。なんだか凄い光景になっているんだけど、松蔵さんは嫌に冷静な様子で言い出した。
「僕の場合は、自分の意思でここまで来ているし、どうせこんなこったろうと思っていたし、金儲けとかはなから期待していないし」
「珠子ちゃんは、二年もここに住んでいるんだよね?」
「俺たち、どうしたら良いと思う?」
「死んだ人の家を襲ったのは、唆されたからなんだよ?」
「そんなんで俺たち、すでに人でなし扱いなんだけど、居場所がないんだよ!」
鼻水垂らした男たちの悲壮感が半端ないです。まあ、ここに来たら大概、誰でも彼でもこんな状態ですよ。達観しすぎている松蔵さんがおかしいんです。
「あのですね、一応、説明しておきますけど、今までも、貴方達のように親族について来たという人はいましたし、中にはこんな所でやっていられるか!と言って、農場から逃げ出した人も居ます」
ごくりと誰かが唾を飲み込む音が響くし、みんな、真剣な表情で私を見ております。
「だけど、このシャカラベンダ農場は田舎にあり過ぎるので、逃げ出したとしても無事でいられるかどうかは分かりません。ちなみに私が知る限り、二人ほど逃げ出した先で獣に喰われて死んでいます」
特に最近では山火事があって、山の奥の方に居たオンサやジャガーチリッカが農場の方まで降りて来ちゃっているので、非常に危ないんですよね。
「第一回の笠戸丸で来た人たちが、契約労働を終えてサンパウロでお店を開いているっていう話も聞いているんですけど、サンパウロはここから物凄く遠いんです。皆さんが到着したサントス港より内陸に位置する大きな街なんですけど、山倉さんが来た時に便乗しない限り、そこまでの移動は難しいですよ」
今は日本人労働者がバンバン、ブラジルまで運ばれて来ているので、そのうちにまた新しく配耕となった日本人を連れて山倉さんは来るでしょうけれども・・
「ですが、今すぐ山倉さんと一緒にサンパウロに移動するっていうのは無理ですよ。パトロンとの契約で、二年もしくは三年契約で農場で働くことになっているので、山倉さんも、契約中の労働者は絶対に連れて行ってはくれませんから」
船で運ばれてきた私たちは、農場主と契約をして農場で働くことになっているわけです。我が家は三年契約なので、あと一年経てば自由の身になれるんですけれども・・
「さっきも言ったんですが、第一回の船で移動して来た人たちは、すでに契約は終了しているんです。だけど、その第一回でこっちに来た人たちは、未だに農場労働者として働いているんです。それはなんでだと思います?」
私の問いかけに、誰も答えようとしないので、
「お金がないからですよ」
と、私はズバッと答えましたとも。
「農場なんかで働いても、そんなにお金って貯められないんです。それに幾ら一生懸命お金を貯めたとしても、日本に帰る渡航費用にすらならない」
そりゃあもう、人足の人が貰うような賃金でやりくりしているわけですからね。
「ちなみに私は、母が再婚した相手の人がブラジルに行くって言うので、離れて暮らしていた娘さんも良かったら一緒にどうだ?苦労はさせないぞ?と言われてついて来たんですけど、今まで賃金を貰ったこともないのに、家事の全般を任されています」
みんなの唾を飲み込む音と、薪が爆ぜる音が夜空の下に響き渡る。
「米問屋の後妻として入った母と、連れ子の姉は、今でも奥様とお嬢様気分で私を使用人扱いしています。寝ているのは土間の隅、食事は家族と一緒ではなく外で、まるで犬猫のような扱いを受けながら二年です」
私は自分が男だったらなぁと何度思ったか分かりません。だって男だったら、自活の道があったりするわけなので・・
「私に限らず、親族として一緒について来たっていう人の扱いは酷いものです。労働力として期待されて連れて来たわけなんですけど、自分たちの家族の面倒をみるのにも精一杯だって言うのに、甥っ子まで?ってなっちゃうんですよ」
「じゃ・・じゃあ・・俺たちはどうすれば良いんだよ・・」
「このまま奴隷みたいにこき使われて働けと?」
悲壮感たっぷりに問いかけられて、私は思わずため息を吐き出してしまいました。
「あのですね、パトロンはとにかく奴隷の代わりの労働力として日本人に働いて貰えればそれで良いんですよ。とにかく契約期間中、農場で働いてくれると言うのなら、何処かの家族の下でなくても良いんです」
「うん?つまりはどういうこと?」
今まで黙って聞いていた松蔵さんが疑問に思ったようでした。
「家族でやって来た労働者は、家族で固まって働かなくちゃいけないんじゃないの?」
「いいえ、そういう訳でもないんですよ」
ブラジル人は、とにかく働いてくれれば何でも良いと思っているんですから。
「言われた期間を農場で働いていれば何の問題もないんです。家族単位で来た人は、その家族の人数に合わせて珈琲の木を割り当てられていますけど、別にその割り当てられた木の面倒を指定された人数で、絶対にみなくちゃいけないってわけじゃないんです」
訳が分からないと言った感じの新労働者達を見回しながら、私は言いましたとも。
「パトロン(農場主)は日本人が働いてくれればそれで良いんです。だから、家族とうまくいかないから他の場所を割り当てて欲しいと言ったって良いし、今の時期であればカマラーダは重労働になるので、カマラーダとして働きたいと言えばカマラーダとして働けます」
「「「「えっ」」」」
「うちの居住区には使われていない家はまだまだあるので、自立したいと言って別の家に住み暮らしても問題ないんです。実際に、こちらで祝言をあげたご夫婦は、新居として勝手に空き家を利用していますしね」
「「「「えっ」」」」
「そもそも、今、松蔵さんが住んでいる家だって、人間嫌いのご夫婦が自分たちで整理して使うようになった小屋ですし」
つまりは、家長制度の中で埋没して搾取される日々を送るか、自立をして個人の給金を手に入れる日々を送るか、どちらかを選べば良いというわけで・・
「女だったらそんな勝手は出来ないんですけど、男性だったら何の問題もないですよ。誰も使っていない家を整理して使ってもいいし、自分で交渉して何で働くかを決めても、ブラジル人としては、ああ〜そうなのね〜で終わる話になるんですから」
さあ、君たちはどう生きるのか?彼らがどう選択するのかは興味があるかもしれない。
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日系移民は、お金が儲けられるということで、すぐに帰れると思っていましたし、労働力として親族の甥っ子達を大勢連れて渡って来た人たちも非常に多かったのですが、結果は惨憺たるものでした。しかも、実の息子でもない甥っ子身分の待遇は、もちろん酷いものでした。その後、結婚競争が始まる訳ですけれども、家族の枠組みの中に入りきったままの人たちは結婚も出来ず・・なんてこともあったようです。
日本人は日本人同士で結婚させよう〜と言う考えが、かなり長い間引きずられたので、空前の花嫁不足となり、のちに日本から運んでくるような事態にもなるんですね。大変だ〜。
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