第27話  ウルブの味噌汁

 百合子さんの家を襲撃したのは六人の日本人の若者たちということになりますが、そのうちの四人は親族のおじさんに、

「大金を稼ぐことが出来るんだよ!」

 と言われて、はるばるブラジルまでやって来ちゃった日本人労働者たちです。


「自分の分の食事を用意されない・・あるある、それは本当にあるあるですよ」

 私も伊達に移送船第二便となる旅順丸でブラジルまで来ていないので、

「そういう待遇になっちゃう人、飼い殺しっていうの?いや、本当に多いですよ」

 と、言ってやった訳です。


 松蔵さんが与えられた掘立小屋は居住区から離れたちょっとした小高い丘の上にあるんですけど、その家の前に用意された焚き火を囲むようにして、私たちは座っている訳ですよ。


「ちなみに私は、母の再婚相手がブラジルに行って金儲けするっていうことで連れて来られたクチですけど、今まで何年も無料働きをしています」


 油で揚げたマンジョッカ芋を振る舞いながら、私は大きなため息を吐き出した。


「パトロンは珈琲農場で働く奴隷の代わりの労働力として日本人労働者との契約をしているんですけど、賃金が高いなんてある訳ないじゃないですか?今は珈琲豆を収穫する時期なので収穫する豆を持っていけばお金が手に入りますけど、豆が摂れない時期は、一家族の日当が人力車夫よりも安いっていうのはある意味本当の話なんですよ。それだけ手に入れるお金が低いのに、自分の息子でも何でもない甥っ子なんかにお金を渡すと思います?」


 四人の若者たちは愕然とした様子で固まっていたんですけど、甲斐甲斐しく料理をしてくれた松蔵さんは煮込んだスープを私に渡してくれました。


「珠子ちゃん、このスープ、騙されたと思って飲んでみて」

「え?騙されたと思って?」


 ブラジルまで片道切符覚悟の松蔵さんは、大量の日本の調味料を持って農場までやって来たんだそうです。二年ぶりの味噌汁を飲んだ私は、思わず泣きそうになっていると、

「その味噌汁に入っている肉、ウルブの肉だから」

 と言われて、思わず吐き出しそうになりました。


「ウルブって、あの真っ黒な羽の、空をビュンビュン飛んでいる、あのウルブ?」

「そのウルブだよ」

「無理無理無理」

「嫌だ、嫌だ」

「食べれませんて」

「貴重な味噌を使っているのにクソマズ肉を入れるなんて!」


 さっきまで焼いたウルブの肉を食べて、えずいていた四人の男たちが文句を言っております。でもね、でもなんだけど・・


「嘘っ!ウルブってあの腐った匂いしかしないクソマズ肉のはずなのに!全然臭くない!味噌の味で誤魔化されている訳でもなく!美味しい普通の肉になっている!」


 正直に言って、ウルブの味噌汁は美味かった。肉もほろほろとして全然固くない!


「嘘でしょう!」

「あっ、本当に美味い!」

「本当だ!」

「さっきと全然違う!」


 前の日本人夫婦が置いていった椀やらスープ皿に入れて松蔵さんはウルブスープを配ってくれたんだけど、本当の本当に!何の問題もなく食べられるなんて!


「ウルブって真っ黒だし、首長いし、頭禿げているし、見た目も可愛くない奴だとは思うだけど、カラスと一緒の扱いなんじゃないかなと思ったわけ」


 松蔵さんは満足そうに食べながら言い出した。


「戦地で一緒だった人が、昔、飢えに負けてカラスを食べたっていう話をしていたんだけど、カラスって焼いて食べると匂いも味も酷くて食べられたものじゃないんだけど、煮込みで食べると大丈夫だって聞いていたんだよね」


 カマラーダは好きなだけパンが食べられる(持って帰れる)ので、味噌汁に硬くなりかけたパンを浸しながら松蔵さんは言い出した。


「朝鮮では漢方としてカラスを食べたりするっていうし、見かけ真っ黒で同じように見えたから、大丈夫かなと思ったんだよね」


「え?ジョアンは食べれるとは言ってなかったでしょ?」

「うん『なんぽーじ』って言われた」


 う〜ん、ですよね、ブラジル人はウルブなんて食わないもん。松蔵さんも、カラスに似ているからっていう理由でよく食べようとしたな・・


「松蔵さん、これからウルブを食べ続けるつもりだったらやめた方がいいよ。まだカピバラの方がマシだって」

「カピバラって?」

「ブラジルには色々なネズミが存在するんだけど、カピバラはそこら辺のカンポ(薮)の中にも居るでっかいネズミなの」


「ど・・どれくらいの大きさになるんですか?」

 若者労働者に問いかけられたので、私は子牛くらいの大きさを手で広げながら言いましたとも。

「大きいとこれくらい」


 日本で言うところのネズミって両手に乗っかるサイズで、ずいぶんでっかいなと言われる訳ですが、こっちのカピバラはそういうレベルじゃないネズミなのですよ。両手を広げた私を見た四人組は顔を引き攣らせながら言いました。


「え?巨大ネズミ?」

「嘘でしょ?気味悪いって!」

「成長した奴は愛嬌があって可愛いんだけど、子供のうちは本当にネズミって感じで気持ち悪いんですけどね」

「それを食べるの?」

「食べます、食べたことありますし」

「「嘘だろうー!」」

「「嫌だー!」」


 嫌だ、嫌だと言っていたって、そのうちどうしようもない事態に陥って、嫌でも食べるようになると思うんですけどね。


 シャカラベンダ農場に来てからというもの、蛇も食べたし蛙も食べた。ワニだって食べたし、カピバラも食べた。子供がウルブを弓矢で殺したって言うので一口だけ焼いた肉を食べたことがあるけど、煮込めば美味しいだなんて知らなかったな〜。


 そんなことを味噌汁を味わいながらぼんやりと考えていると、松蔵さんが焚き火に木を投入しながら、

「それで珠子ちゃん、何か用があってここまで来たんでしょう?どうしたの?またお母さんたちに虐められたの?」

 と、問いかけてきます。


「あ・・ああー〜」

 虐められた訳じゃないんだけれども・・

「明日、外作地の方に松蔵さんが来られるかどうかを確認して欲しいって、徳三さんに頼まれたんだけど」


 私がそう答えると、四人の若者たちが、

「俺たちも外作地で働けって言われたんだけど、給料も出ない、食事も与えられない状況で、言われた通りに働かなくちゃいけないのかな?」

 と、口々に問いかけて来た訳ですよ。




   ****************************


 カピバラはブラジルの田舎では普通に藪の中にいるんですけど、こいつらを料理にして出すレストランもあります。カピバラはネズミの一種なんですけども、生まれたての赤ちゃんは本当にネズミです。ちなみに、今まで見た中で一番巨大なカピバラは子牛くらい?の大きさで「放っておくとね〜」と言われたけども・・でかっ!!いし、全然可愛くありません。


このお話は毎日18時に更新しています。

最初はブラジル移民の説明の回がしばらく続きますが、此処からドロドロ、ギタギタが始まっていきます!当時、日系移民の方々はこーんなに大変だったの?というエピソードも入れていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!

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