第19話  見なかった事にする

 私たち家族は渡航費の負担はない状態で、ブラジルで働く労働力として第二便の旅順丸に乗ってブラジルまで来ることになったのですが、第一回の笠戸丸の人たちは一攫千金を目指して、渡航費を支払った状態でブラジルまでやって来ることになった訳です。


 というわけで、私たちは荷物を持っていくのに制限が設けられたわけなんですけれども、源蔵さんの家の場合は渡航費を自分で払っているので、ある程度の荷物を運び込むことが出来たって訳です。そんなわけで、源蔵さんの家には日本から持ち込んだ柳行李が結構な数あって、柳で編んだ箱型の葛籠が中身をぶちまけられた状態で転がっていた訳です。


 その柳行李の箱部分の底に、金の棒が隠すように差し込まれていた訳ですね。驚きましたけど、隠し場所としてはありなんじゃないですかね?箱をひっくり返さないと見えないわけですし。


 他の柳行李がどうなっているのかは分からないけれど、近くに転がっているのもこっそり確認した限りで言えば、金の延棒(細くて小さい)は三本のみって感じに見えました。これを今、みんなの前で言い出したら、

「「「埋蔵金!やっぱり本当にあるんだー!」」」

 となって、仕事にならない状況に陥ることでしょう。


 とりあえず、金が差し込まれた柳行李の方は隅に寄せて、見なかったことにします。ぶちまけられた小銭を集めて、まずは通詞の山倉さんのところへ持っていきます。


「皆さん、これは由々しき事態ですよ!」


 この騒動で源蔵さんの家の前には、ほとんどの日本人労働者が集まっているような状態となっています。すでに日も暮れて辺りは真っ暗。そんな中で、みんながカンテラを持って集まって来たんですけれども、源蔵さんの家から笊を持って現れた山倉さんは、仁王様のように肩を怒らせた状態で立っています。


「確かに!ここブラジルでは金が採掘されます!ですがそれは、この農場よりも北に位置するミナスジェライス州!オーロプレットと言う街でのことであり!この農場近辺で金が採掘される事はありません!」


 金のなる木があると言われてブラジルまではるばるやって来た新労働者の人たちが、固唾を飲んで山倉さんを見上げているのが良く分かります。


知らない国に来て、珈琲豆を取って集めても大したお金にならないということは、本日、身をもって知ることになったので、そこで流れて来た金の噂、金ってなんなんだ!となっているはずですからね!


「オーロプレットからパラチの港まで金が運ばれていましたが、とっても昔の話です!そんな昔、昔に運ばれていた金が盗賊の被害に遭って盗まれたという話もありますし、その遥か昔に盗まれたという金が、この近辺に埋められたんじゃないかという話は昔からあるのもまた事実です!」


「「「埋蔵金!」」」

「「「埋蔵金は本当にあるんだ!」」」


「そうじゃないんです!」

 山倉さんは大きな声で叫びました。


「農場主のアレッサンドロさんもその話は知っているし、この農場を作るときに徹底して探したそうなんです!ですが、結局見つけることは出来なかったんです!」


 そうなんだよね、金って埋っているかも・・みたいな話は昔からこの地方にはあるみたいなんだけど、眉唾ものの話なんですよね。


「私はね、きちんと支配人に言いましたよ。殺された日本人が金の小さな棒を握りしめていたんだけど、どういうことだろうって」


 山倉さんはザルを持ったまま、首を横に振って言いました。


「そうしたら、それは本当にラッキーだねって、たまたま大昔の誰かが落としていたのを見つけたのかもしれないって。普通に探しても全然見つけられなかったんだから、多分、誰かが落っことして土に埋まっていたものを、たまたま見つけたんじゃないのかなって言われましたよ!」


 山倉さんがみんなに向かってそう言い切ると、日本人のまとめ役的な役割を持つ徳三さんが言い出した。


「支配人さんは、日本人から見つけた金を取り上げなかったのは、慈悲みたいなものなんだよ。だと言うのに、金、金、と大騒ぎをすれば、お前らも金を持っているんじゃないかとブラジル人たちにイチャモンをつけられる事になるぞ?」


 ブラジル人と聞いて、大半の人がギクッとなっています。ギクッて、ギクッってなるほどコミュニケーションを取るのが嫌な相手、それがブラジル人なんですよね。だってこっちは現地語(ポルトガル語)が喋れないから!困っちゃうから!


「ちょっと話を聞いたというだけで、若者六人で襲撃をかけるようなことをしているんだ。あそこに金があるかもしれない、そんな噂一つで大騒ぎになれば、我々日本人がどんな目で見られるようになる?日本人は金を持っているらしい、襲ったら美味しいぞと思われたどうするんだ?」


 特に流れ者が多い賃金労働者は、金があるなら強盗しちゃっても良いじゃないって考える人も居る場合が多いんですよね。基本、根無し草で個人契約だから、少々犯罪に手を染めたとて、場所を移せば問題ないって考える人も多いと思う。


「源蔵さんと作太郎の家は、昨日、今日と家の中を家族で探してみたようなのだが、他に隠しているような金は残念ながら見つかっていない!たった今、愚かな若者たちによって源蔵さんの家は無茶苦茶にされているが、そこで金が発見されなかったという事は、集まったみんなも分かっていることと思う!」


 徳三さんはそんなことを言っているけれど、柳行李の底に三本もの金が差し込まれていたんだよな〜、とりあえず今は言わないほうが良いよな〜。


「支配人は、殺された二人が持っていた金については目溢しをしてくれたが、他に見つかったらどうなるかは分からない。元々、農場で発見されたものなんだから、自分たちのものだと主張するかもしれない!」


 みんなの騒めきが止まらないけれど、金は、本当にたまたま見つけたんだろうってことで話がつく形に無理やり持っていったみたいだね。


「今は珈琲を収穫する大事な時期であり!唯一の稼ぎ時だということを忘れるな!満足に収穫できなければ、食うにも困る一年を過ごすことになるということを!みんなはよくよく考えて行動するように!」


 徳三さんがはっきりとそう言うと、今回、源蔵さんの家に襲撃をかけた新労働者の六人組については牢屋で保護することを宣言した。


 実は牢獄(獣を入れておくようの檻)が、カマラーダ(賃金労働者)の家の近くにあるので、悪いことをした人はとりあえずそこに一晩、入れられることになるってことが約束として決められているんだよね。


 迷惑をかけたということで、数日間はカマラーダとして働くことが命じられることになるんです。松蔵さんは早速、日本人と一緒に働くことになりそうだから、良かったのかもしれないね。


「珠子ちゃん!本当にありがとうね!」


 ザルに拾い上げたお金については、とりあえず源蔵さんのものとして妻の百合子さんが保管することになったってわけ。小銭が多いから大きな金額なんじゃないかと勘違いしそうになるんだけど、金額的には本当に大した金額じゃないんだよ。


 確かに大した金額じゃないんだけど、それが血の滲むような努力とみんなの犠牲によって蓄えられたものだって皆んな知っているし、襲撃に加担した若者たちの親族は、こんな暴挙に出て申し訳ないっていう思いもあったので、お金の問題は無事に解決することになったようでした。


 まあ、今回は本当に、通詞の山倉さんが居たから何とかことなきを得たんだけども、山倉さんが居なかったら、もっと揉めに揉めただろうなとは思います。


 そうして、みんなが家へと帰ってひと段落ついたところで、

「ハーーーーーーーッ」

 山倉さんは心底嫌そうな顔をしながら大きなため息を吐き出しました。



 新参者が怒り狂って暴れる事はよくあるんですが、誰かの家を襲撃するなんて事は初めてのことなんです。問題児が他の農場で暴れまくるなんて話は聞いていたんですけども、うちのシャカラベンダ農場にも遂にこの時がやって来たのかって感じなんですよね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る