第18話  哀れな待遇

 問答無用でマティウスおじさんが床にばら撒いて行ったお金なんですけれども、床の上に散乱しているような状態です。


「珠子ちゃん!お金をザルに拾って行ってくれるかな?」

 山倉さんがイライラしながら私に命じて来ましたよ。なんで?一体何故、私に拾わせようとするのかな?


「珠子!早く拾いなさい!」

 徳三さんまで私を名指しで命じるのは何故?

 だけど、百合子さんがさっと私にザルを渡して来たので、私が拾うしかないってことなのかな?


「皆さーん!私は決して泥棒はしていませんよー!良く見ておいてくださいねー!」


 やけっぱちで私が叫びながら、床に散らばるお金をザルの上に乗せていくと、なんだ?なんだ?と、言いながら集まってきた日本人労働者たちが、私の一挙手一投足を見つめている。見つめているよ。


「珠ちゃん、僕も手伝おうか?」

 松蔵さんが気にして声をかけて来たんだけど、

『やめてくれ!巻き込まれるぞ!』

 という意味を込めて首を横に振っておいた。


 日本人は(こう言っちゃなんだけど)金にうるさい。大金が稼げると騙された状態でブラジルまで来ちゃっているものだから、農作物で大金は稼げないという事実を目の当たりにして絶望が凄いことになっちゃっているからなんだけど。


 マティウスおじさんが盗人のポケットから拾い上げたお金を床にぶちまけながら見向きもしなかったのは、おじさんが良い人だってこともあるんだけど、まず、床にばら撒かれた紙幣の中に高額のものが混じっていなかったってことも理由の一つになるとは思う。


 源蔵さんは第一回の笠戸丸でブラジルまで来た人だから、船の上で騙されて、持ち金のほとんどを持っていかれてしまったわけですよ。そんな状態から奴隷の代わりに働いてくれっていうことで農場に到着した時の絶望感たるや、物凄いものだったと思いますよ。そんな源蔵さんが、妻と甥っ子二人を養いながら、セコセコ、セコセコ、小金を蓄えていたのも知っています。


 それこそ小金を貯蓄するために、食べるものも最低限、何かを購入するのも最低限。それを自分の家族に強要する割には、自分はパリッとしたシャツなんかを着ていたりしているわけですよ。


 ここに転がる小銭は、百合子さんや甥っ子さんたちが血の滲むような苦労をした末に、家長が集めたなけなしのお金って奴なのです。


 埋蔵金を隠し持っているんじゃないかってことで襲撃してきた日本人の若者たちが元々持っていたお金もしれないとか、床に転がるお金の中に混じっているかもって思うかもしれないけれど、多分、持っていたとしても少額になるんじゃないのかな。


 家長制度の元、何事も家長によって決定されていく日本人は、お金というものは『家長』が集めて丸ごと管理するようなところがあるってわけですよ。


 珈琲豆を採取すればすぐさま金持ちになれる!と言われて来ているので、労働力として若い男の人たちなんかが借り出されることになっちゃったんですよね。だからこそ、おじさんについて来た、なんていう人も結構な数いるわけです。


 そんなおじさんについて来た人たちが、それなりの金をポケットに入れている訳がないんです。そんな金があったら、間違いなく没収されているでしょうからね。ちなみに、私もおじさん(母の再婚相手)についてやってきたクチですけど、どれだけ働いたって給金なんか貰ったことないですからね。完全なる無料働きですもん。


 衣食住を提供しているんだから、自分たちの言うことを聞いて当たり前だろ。ここで生きて行けるのは私たちのお影なんだからね!感謝しなさい!と、こうですよ。


 奴隷の代わりの労働者として親族を連れてわざわざ日本からブラジルまで来ちゃった訳ですけれども、

「俺たちは奴隷なんかじゃねえぞー!」

 と、言いながら連れてきた親族を奴隷のように無給で当たり前のように使っているわけですよ。完全に家族の枠組みには入りきれない私みたいな人間は、本当に哀れな待遇を受けることになっちゃったんですよ。


 つまりは何が言いたいかというと、源蔵さんの二人の甥っ子や妻の百合子さんは、本当にお金も与えられずに、源蔵さんに殺生与奪の権利を全て掴まれているような状態で何年も過ごしてきた訳です。


 ここに転がるお金は全て百合子さんと甥っ子さん二人の血と汗と涙の結晶なんです。そんなお金なので、きちんと一銭の狂いもなく回収して、みんなの目の前で、このお金は百合子さんたちの物なんですよと宣言しないといけない。


「百合子さん、投げられた家具の下とかも見ておこうと思うんですけど?どうします?」

「お願い!珠子ちゃん!」


 入り口の前に立つ百合子さんは、神仏に祈るように手を合わせているし、手足を縛られて猿轡までかまされた新労働者の若者六人は、床に転がされたまま芋虫みたいになっているし。ようやっと目が覚めた様子の源蔵さんの甥っ子二人が、よろよろしながら家の中に入って来ようとしているし。


「家具をどけることくらいは手伝うよ」

 松蔵さんが近づいて来て、倒れた机だとか、手作りの棚だとかを転がった場所から外へと移動させていってくれた。


 コインっていうのは結構家具の下とか端とかに転がって行っちゃうので、本当に助かります。そう、本当に助かるんだけども・・・


私と松蔵さんが、日本から持って来たと思われる柳行李をどかしていったんですけども、その下から出て来たものを見て、思わず生唾を飲み込みました。


「こ・・これって・・」


 柳行李の間に挟まるようにして、細い金の棒が見つかった。

 手の中に握り込められる程度の金、それが、柳行李の中から三本、発見されることになったって訳です。 




   ******************************



このお話は毎日18時に更新しています。

最初はブラジル移民の説明の回がしばらく続きますが、此処からドロドロ、ギタギタが始まっていきます!当時、日系移民の方々はこーんなに大変だったの?というエピソードも入れていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!

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