第14話  豹変した姉

 珈琲の実を収穫して一攫千金!貴方も故郷に錦をあげることが出来ますよ!なんて言われてシャカラベンダ農場までやって来てしまった新労働者たちが、夢中になって珈琲豆を収穫している姿が良く見えます。


 なにしろこれを摘み取って、お金!お金!お金!とでも思っているのでしょう。新労働者と元から居る労働者との意気込みが違い過ぎるみたい。


「こらこら!そんな乱暴に実を取ったら木に傷がつくぞ!来年、実りが悪くなっても知らないからな!」

 なんて声をかけられておりますが、やめられないんです。だって、この真っ赤な実を収穫すればするほど、大金になると勘違いしているんですからね。


 コーヒーの枝という枝には、真っ赤な実がたわわに実っているのですが、これをこそぎ落としていくわけです。この作業が乱暴であればあるほど、珈琲の木に傷が付くことになり、来年以降の、実りが悪くなるので注意が必要なんですよ。


 ただでさえ、実りが良い若い木は地元民とかイタリア移民の方々が確保しちゃっている状態なので、自分たちが確保した木は、大事に大事にしなければなりません。


「お母さん、お姉さん、遅くなってしまってすみません!」


 配耕になった日本人たちは、区画を割り振られることになるわけです。うちはこの農場に入って二年経つわけです。ワーワー言いながら珈琲の豆を収穫している新労働者と比べると、本当にやる気がないというか、何というか。


 落ちた珈琲豆は、笊でふるって小石がゴミを落としていく必要があるのですが、この作業をしていた姉と母は、怒りの表情を浮かべています。


「珠子!この役立たずが!」

 立ち上がった母が、私を殴りつけるために手を振り上げたわけですけれど、その母の手を掴んだ松蔵さんが、

「相変わらずにも程がありますよ」

 と、呆れた声をあげている。


 うちの母は顔だけは美人なんだけど、気性が激しいのは昔からのことで、温泉宿の女将だったというのに離縁されたのも、この暴力が原因だったりするわけです。


「まあ!まあ!まあ!松さん!うちの畑を手伝わせる事になって本当にすみません!」


 殴りつけるのを阻止された母のことなんか視界にも入らない様子で、姉がはしゃぐような声をあげて立ち上がる。


「しかも!珠子の面倒まで見てもらってすみません!ほら!母さんもお礼を言って!」


 うちの姉も華やかな美人なんですよ。


 何故、突然、松蔵さんに媚を売り始めたのかというと、松蔵さんが鉄砲を扱うことが出来ることに気が付いたからじゃないかなぁ。同郷のよしみで鉄砲で守ってもらおうくらいのことは考えているかもしれない。


「松さんはコーヒーの実を収穫するのは始めてでしょう?私が色々と教えてあげるわ!」


 それにしても媚を売りすぎじゃないだろうか?久平さんという夫がいると言うのに、乗り換えを希望でもしているのだろうか?


「あのね!この赤い実が珈琲の実なんですよ!これをしごき落とすようにして地面に敷いたシーツの上に落として行く事になるんですけど、くれぐれも乱暴にして木の枝を傷つけたりしないでくださいね。コーヒーの木は本当に繊細なので、あんまり乱暴にすると翌年あんまり実をつけないことになってしまうので!」


「はあ・・」


「珠子!あんたは笊でふるいをやってちょうだい!私はもう疲れちゃったわよ!」


 はしゃいだ姉の姿を丸ごと無視した母がゴザの上に身を投げ出すようにして座り込み、私が用意したコーヒーのポットとカップを自分用にと取り出していく。母は本当に働かないので、一人で休憩を決め込むことにしたみたい。


仕方なく、母が投げ出した大きな笊を拾いあげ、母と姉が申し訳程度にシーツの上に落としていった珈琲の実を笊の上に盛ってふるいをかけていく。


 今日の午前中は、埋葬に時間を取られる源蔵さん一家に代わって久平さんがあちらの収穫を手伝うことになっている。何しろ助け合って行かないと生きていくのも大変なので、お互い様っていう日本人的文化が広がっているわけですね。


ふるいをかけた珈琲豆は、麻の大袋に詰めていきます。


 珈琲の木なんて日本ではあまりに馴染みがないものですよね?私達がブラジルに来る時には、やれ素晴らしい実がなっている、一攫千金にもなる素晴らしい木だなどと言っていましたが、緑色の硬い葉をした高さ6尺から7尺程度の幹の細い木です。


 この木に9月から12月になると白くて小さな可愛らしい花が咲き、花が咲いた6~8ヵ月後に最初は緑色だった小さな実が徐々に赤くなり、やがて深紅色に熟して収穫という運びとなります。


 あんまり赤くて可愛らしい実なので、さくらんぼに似ていると良く言われます。木の枝一杯にびっしりと生るコーヒーの紅い実。この実を一袋60キロの麻の袋に詰め込んでいきます。


 一町ほどの広さで平均15~20袋程度の収穫が出来る予定ではありますが、与えられた木の状態によっては一町6袋ほどしか取れない事もあるんです。


 コーヒーの木には天敵となるさび病の影響や、約25年というコーヒーの収穫可能な年数や、昨年の収穫で乱暴な摘み取り方をした場合など、収穫を左右する要因が色々とあるのですがね・・


「松さん、なるべく木に傷かつかないように気を付けて」

「松さん、上手!何でも出来る人だったもんね」

「ああ、こうやっていると奥多摩の事を思い出すわ、懐かしくて仕方がないわ」


 私の姉は、さっきから松さん、松さんと、今にもしなだれかからんばかりの勢いです。


「珠子!今日は松さんに家で食事をして頂く事にするから、鶏を一羽締めて頂戴!」

「え・・えええ?」


 挙句の果てには鶏を一羽締めるだって?果たして姉は正気で言っているのだろうか?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る