第15話  侮れない

 我が家の小さな裏庭では鶏を飼っているのですが、一日手伝ってくれた人を歓待するために鶏一羽を締めろとは・・・贅沢な話しです。


 コーヒー畑から帰って来た私は姉の言う通りに鶏を締めて殺すと、羽をむしりながら考えてから、一羽まるまる塩を振って丸焼きにする事に決めました。豪勢に見えるから姉もきっと気に入る事でしょう。


 ここに来てからというもの、パンを食べるか、小麦粉を使ってお焼きのようなものを作って食べるかっていう感じで、お米は食べられていないんですよね。


 農場の中にも小さな売店があってですね、そこで毎日パンを売っているので、その日食べる分を購入するような形となります。


 パパイヤの漬物と切ったトマトにオリーブオイルと塩をかけると、

「珠子!後は私が持って行くからあんたはもう裏にいなさい!」

 と、姉が言って、料理一式をテーブルへと運び始めました。


 鶏ってそれぞれの家で飼っている形になるんですけど、それを一羽絞めるのはなかなかやらないことですよ。勿体無くて、ここら辺では子供が捕まえてくる野鳥なんかを調理して食べることも多いくらい。


「うー〜ん」


 小さな炊事場からは家の裏に出る事が出来るんですよね。その扉から外に出た私は、皿に盛られた料理を片手に小さな切り株の上に腰を降ろしました。


 空には満天の星が浮かび、東の端には天の川が見えます。

 鶏小屋では鶏がコケコケ。

 私は鶏の羽が散らばる裏庭でご飯を食べながら考えこんでいました。


 あっ、姉と母に嫌われている私は、皆んなと一緒に食事を食べるようなことはしません。扱い的には使用人みたいなものなので、外で切り株に座って食べるのが私のスタイルってことになっているみたい。


 姉の夫である久平さんは、今日は一日、お隣さん(オンサに腹を喰われた源蔵さん)の家を手伝っているんですけど、夜ご飯もそっちで食べるということで、我が家の方には帰って来ていません。


 隣の家の歳の離れた嫁さんは(百合子さん)、男性にモテる人なんですよね。庇護欲をそそるような態度というか、男性をその気にさせるような態度というか。うちの久平さんはしょっちゅう、その色香に誘われてホイホイ手伝いに行っちゃうのですが、そのことで気が強い姉が怒り狂うのはいつものこと。


 日本人男性に人気がある百合子さんは、姉を筆頭にして日本人女性からも嫌悪感を抱かれているというか、ハブられているというか。そんな状態なので、男の人たちも同情をして声をかけるという負のスパイラルに入っているような状況です。


「珠子!コーヒー忘れずに淹れておいて!」


 姉が扉を開いて命令して来ましたよ。

 私が炊事場に戻って珈琲を淹れていると、私の寝床が隅にまとめられた居間に置かれたテーブルでは、松蔵さんが居心地悪そうに座っている。


 鶏を一羽絞めたというのに!何故?


 鶏ってあれですよ、とっても贅沢なものなんですよ?それを一羽、松蔵さんのために締めて丸焼きにしたっていうのに、もう少し楽しそうな顔をしてくれたって良いと思うんですけどね!


「早く!早く!」

 小声でせっつかれながら珈琲を淹れると姉がそのコーヒーを持って嬉々とした様子でテーブルに持って行きます。久平さんが隣に行っちゃっているので、久平さんの代わりに松蔵さんを置いて、母と姉が楽しそう。


 裏口から外に出た私は切り株に座りながら、足元を照らすランタンの小さな灯りを見つめ、胸の前に腕を組んで顎を引きました。


「もしかして・・」


 米問屋のご主人さんだった母の再婚相手の辰三さんは、戦後の不景気に辟易としたらしく、姉と結婚した番頭の久平さんも連れてブラジル行きを決意したんですよね。


 丁度その時に、私の面倒を見ていた村山のおばあちゃんもお亡くなりになったということもあって、それじゃあ、今まで預けていた珠子も連れて行こうかって話になったんです。


 私の母と姉は、とにかく私のことが大嫌いなのですが、ブラジルに行くのに駒使い代わりにしてやろうと思ったんでしょうね。何しろ、母と姉は料理がからっきしなので、私が用意しないと餓死してしまうんじゃないかと思うような人たちなんですよ。


 そんな訳で、ブラジルに私たちはやって来た訳なんですけど、昨年、辰三さんはマラリアに罹ってお亡くなりになってしまいました。同じ農場に配耕された辰三さんの弟である徳三さんが何かと面倒をみてくれるんですけど、辰三さんが亡くなってからというもの、姉の夫である久平さんは、なんだか色々と嫌になっちゃったみたいなんですよね。


 私の姉は、見かけは派手な美人なんですけど、とにかく勝ち気で文句が多い。母に甘やかされて育ったみたいで、料理一つ作ることも出来ない人なんですけど、母も姉も満足に働こうともしないくせに、とにかく文句が多いんです。


 一家の大黒柱だった辰三さんが居た時には、母も姉も弁えていたんですけど、その辰三さんが亡くなって、とにかく無害で優しいのだけが取り柄みたいな久平さんだけになって、二人が増長し続けちゃった訳なんですよ。


 んで、久平さんは今、隣の家に行ったまま帰って来ないんですけど、もしかしたらもう帰って来ないかもしれないです。


 同じ程度の美人だったら、庇護欲をそそられるし、相手を常に立てて気持ち良くさせる上に、料理も上手な女性の方が良いなって思っちゃうだろうな〜。


 で、久平さんがここで抜けた代わりに、松蔵さんを取り込もうと考えているのかも。


 同郷の戦争帰り。壊れているとはいえ鉄砲を渡されているので、これをなおせば日本人家族の中で始めての鉄砲所有者!(イタリア人移民や元々いた方々は、獣から命を守るために所有していたりするのです)


 金のことで周囲が目の色を変え始めているというのに、何処かに埋蔵されている金を探すのではなく、まずは金を探しに行くための手段として、鉄砲を扱える人から落とそうと考えているのか?


「侮れないな〜」

 切り株に座りながら、母と姉の策士ぶりに驚いていると、

「何が侮れないの?」

 と、裏口の扉を開いた松蔵さんが、私を見下ろしながら言っている。


「あの子は外が好きなんですよ!」

「こっちでコーヒーを飲みましょう!」


 松蔵さんの後の方から母と姉の声が聞こえてくる。


 うわー、一人で外で食べているから気になってこっちまで来ちゃったか。たまにうちに来た人は、外で一人で食べる私の姿が憐れに思えるらしくって声をかけてくるんだけど、余計なお世話なんだよな〜。


「松蔵さん・・早く戻って珈琲飲んだら?」

 せっかく、鶏を丸々一羽を丸焼きにしたんだし、そっちも十分に堪能して欲しい。勿体無いから。そんなことを考えていると・・・


「「「この家の何処かに金があるんだろう!探せ!探せ!探せ!」」」


 隣の家の方から男の怒鳴り声が聞こえて来たかと思うと、ドアを叩き破る音が響き渡ったのだった。


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