第13話  嫌な配慮

 日本からブラジルに連れて来られた私たちですが、ご存知の通り、扱いとしては珈琲農園で働く奴隷の代わりの労働力という奴で、誰かが死んだとしても手当が出るわけでもなく、いわゆる泣き寝入り状態となるわけです。


 母の再婚相手だった辰三さんは、ブラジルに来て一年を迎えたところでマラリアに罹ってお亡くなりになりました。辰三さん以外にもデング熱、マラリア、蛇に噛まれて、オンサ(豹)に喰われて、ジャカレ(ワニ)に噛まれてお亡くなりになった人もいましたよ。


 農場というものは、大概、水場の近くに作られる物らしいんですけれども、普通に、本当に普通に、ジャカレ(ワニ)が生息しているんですよね。配耕されて半年だったその方は、夏場に水浴びをしていてジャカレにガブリですよ。


 小型だったので食い殺されたというわけじゃないんですけど、その時の傷が悪化してお亡くなりになりました。


 ブラジル人的には、なんでそんなことが気を付けられないの?って感じなんですけど、いや、ジャカレやオンサなんて今まで見たことないし、蚊に刺されて死ぬって?は?なんで?状態なんですよ。しかも、小型で派手な色の蛇ほど猛毒だなんて知らないし、タランチュラも普通にいたりするし、さすが地球の裏側ですわ。現地の人曰くナオンテンジェイト(仕方がない)ってことなんですけど、本当に仕方がないで終わるんですよね。


 それでもって、私たち日本人労働者はカトリックを信仰しているわけではないので、日曜日の礼拝なんかも行きませんし、なんなら休息日でもある日曜日にも、神の意思に反して働いちゃっていたりするわけです。


 そんな仏教徒の私たちなんかを、キリスト教を信じる人たちが埋葬されている墓地に埋葬させてくれるわけもなく、死んだ人は居住区からも離れた場所に、日本人だけを集めて埋葬するようになっているわけです。


 日本だったら親族だけでなく、隣近所も集めてそれなりの葬儀を行ったりするんでしょうけれども、ブラジルですからね、めちゃくちゃお座なりですとも。


「ああ!珠子ちゃん!」


 生い茂る雑草を切り拓いた、というだけの空き地が日本人専用の埋葬地となっているのですが、そこに作られた二つの穴の前に立つ通詞の山倉さんが、こちらの方を振り返って言いました。


「具合は大丈夫?あんまり無理しないでも良いんだよ?」


 山倉さんは人が良さそうなぽっちゃりおじさんなんだけれど、家族の中ではハブられ者の私のことを、それなりに気に掛けてくれる人ではあるんです。


「いや、無理してでも農場に行かなければ殺されることになるんで」


 あいつら(母と姉)は弁当も持たずに農場に行っているので、私が用意して持って行かなければ夕方には暴力の嵐となるでしょう。


「正江さんも、増子さんも、あまりにも酷いわよ」

 白皙の美人といった感じの百合子さんは隣に住む源蔵さん(オンサに腹を食われていた)の奥さんで、穴を掘り終えた源蔵さんの二人の甥っ子が、私と松蔵さんにぺこりと頭を下げています。


 二十八歳の百合子さんと、十四歳と十五歳の甥っ子二人、ここに源蔵さんが一家の主人としてドンと構えていたのだけれど、今は綺麗に着替えさせられた状態で土の中に寝かせられています。


 その隣には適当に掘った穴の中に、麻の大袋に入れられたままの状態の作太郎の遺体が転がされていますね。問題児だった作太郎の親族として、彼の伯父と甥の二人が来ていたけど、遺体の損傷も激しいので袋に入れたまま埋葬するみたいです。


「山倉さん、それで、作太郎がポケットの中に入れていた金についてなんだけど・・」


 やっぱり作太郎の伯父さんも金が気になるか。


「さすがに、連日に渡って日本人が殺されているわけだし、支配人もそれは気にしていたんだけど、持っていた金については、手当代わりに親族に渡す形で問題ないと言ってくれましたよ」


 支配人とは農場主(パトロン)の代わりに現場で直接経営する人のことであり、ここの農場のトップに位置する人なんだよね。農場主の親族だとか何とかで、お金に対してあんまりキリキリしていないのが良いところだって山倉さんは言っている。


「今は珈琲の収穫の時期だから、きちんと日本人が働くかどうかが支配人の気になるところで、このくらいの金の延べ棒(小さい)だったら、遺族への手当てにしてくれて構わないということになったんだよ」


「いいな〜!」

 私は思わず言っちゃいましたよ。

「うちの辰三さん(義理の父、マラリアで死んだ)の時なんか、何も出なかったもんね!」

「いや、辰三さんは金を握りしめていたわけでもないし」

「それですよね〜!」


 日本人埋葬地には、十人以上のご遺体が埋葬されているわけなんですよ。私がこの農場に到着してから、すでにこれだけの人がお亡くなりになっているんですけども(お子さんのご遺体も含まれる)死亡手当てなんか出なかったからね〜。


「いいな〜、金を持っていたから、それを手当として支給だもん。一体何処で見つけたんだろう!やっぱり埋蔵金?バンジード(ギャング)が盗んで埋めた埋蔵金が、この農場の何処かにあるってことなのかな〜」


「それはないって支配人は言っていたけどね。百合子さんたちは、埋蔵金とか、そんなことについて、源蔵さんから何か話を聞いていたんだっけ?」


「まさか!」

「全然!」

「あの人は、いつだってお金が無いって言って、私たちにギリギリの生活をさせていたんですよ!」


「それじゃあ太一郎さんはどうでした?作太郎さんから何か話を聞いていましたか?」

「まさか!」

 埋葬に立ち会った作太郎の伯父さんは憤慨しながら言い出した。


「なんであいつが金なんか持っていたのか、訳が分からん!慌てて女房が家の中に隠しているんじゃないかとひっくり返して探したが、金の一つも隠していやしなかった。あいつは金を持っているだなんて、ワシらに一言だって言っていやしなかったんだ!」


「うちもですよ!おじさんが何処かに隠しているんじゃないかと思って、家の中をひっくり返して探したんですが、金なんか何処にもありませんでしたよ!」

「あの人は、一体何処から持って来たのかしら?」


 それなんだよなぁ・・


「珠子ちゃんは?珠子ちゃんは何処かで金を見たとかないの?」

「いや、無いですよ!」


 確かに源蔵さんの遺体を発見したのは私だけど、金を握り込んでいたのも知らなかったし、金なんか見ていやしないもの。


「そもそも、私が金を見つけていたら山倉さんに相談しますよ。だって、この農場には金を換金できる場所も無いじゃないですか?」


「そうですよ、サンパウロの中央都市まで行かないと、ぼったくられて終わりですよ」


「「「ゔ〜ん」」」


 みんなが顔を顰めながら唸り声をあげたけれど、確かに、金を見つけたからハイッ!お金持ちという訳じゃなくて、ブラジルのお金に換金しないと生活の足しにも出来ないわけですよ。


「とにかく支配人は、たまたま、何処かで見つけたんだろうなって思っているようなので、皆さんも、今回はたまたま見つけたんだろうなってことで終わらせて下さいよ」


 釘を刺すように山倉さんは言っているけれど、みんなの心はここにあらず。何処かにあるかもしれない金に思考の全てが持って行かれているみたい。


「ねえ、ねえ、珠子ちゃん、僕はさっきから何を見せられているのかな?」

 私の後ろに立っていた松蔵さんが、小さな声で尋ねてきました。


「農場に向かう前に、丁度荼毘に伏しているところだろうからっことでここに寄ったんだよね?それで、これからご遺体を埋めるところなんだろうけど、誰もご遺族の冥福を祈るとか、お経をあげるとか、そういうことをしていないよね?」


「ああ〜」


 私は松蔵さんに言ってやりましたとも。


「この日本人用の埋葬地には、諸行無常の響きが渡りまくっているんだよ。何かの理由で死んじゃっても仕方ないで終わるし、今回なんか明らかに殺されているんだけど、犯人探しをするわけでもなく埋められて終わりだもん」


「日本だったらあり得ない話だな」


「これをみんなはナオンテンジェイト、仕方がないって言うんだよな」

「仕方がないで終わらすのもどうかと思うんだけど?」


 どうにも納得がいかない松蔵さんのもしゃもしゃの髪の毛を見上げながら言いましたとも。

「松蔵さんにはね、ここで死んだら大概が『仕方がない』で終わってしまうから気を付けろと教訓にしてもらうために案内したわけなのさ」


「本当に、全くもって、嫌な配慮だな」


 松蔵さんは私を見下ろすと、ブルブルッと震えあがったのだった。





     *************************



このお話は毎日18時に更新しています。

最初はブラジル移民の説明の回がしばらく続きますが、此処からドロドロ、ギタギタが始まっていきます!当時、日系移民の方々はこーんなに大変だったの?というエピソードも入れていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!

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