再び黒崎がたのもー! と叫ぶと、どこからか住職が慌てて駆け寄ってきた。

 不快そうな態度を隠しもしない住職に事は済んだと話すと、ありがとうございますとどこか吐き捨てるように言い、逃げるように去っていく。住職の背中を見送った後で、二人は駅に向かった。

 その途中で黒崎は、来る時に素通りしたコンビニの中にふらりと入る。何故か逃げないように、富樫の腕をがっしり掴んでの入店であり、店内のほとんどの人間からじろじろ見られていたが、やはり黒崎はまるで気にしなかった。


「仕事の後の一杯は最高だね、富樫くん!」


 コンビニには瓶の牛乳が売られていた。黒崎は悩むことなくそれを購入し、あっという間に飲み干す。ちなみに、富樫の分はない。富樫の方からいらないと言った。


「牛乳の一本や二本奢ってあげるのにー」

「けっこうです」

「──オレのねえさんさ、牛乳大好きな人だったんだよ、そういえば。風呂上がりはもちろん、学校から帰るといの一番に飲んでてさ。普段は紙パックのだけど、たまにかあさんが瓶のやつ買ってきてくれた時は、いやにテンション高くて、あれ可愛かったなー」

「……」


 もう残っていないことは明白なのに、飲み口から中を覗き込みながら、黒崎は富樫に訊ねた。


「今日はこの後用事ある? カラオケ行かない?」

「行かないです。描いたやつ清書したいですし」

「そんなの明日でいいじゃん。休める時に休もうよ。オレ疲れたし」

「なら、家でゆっくり休んでてくださいよ、ボクのことなんて気にせずに」

「富樫くんやっさしー」


 富樫は舌打ちしたが、黒崎に気にした様子はない。

 仕事の報告は、黒崎が牛乳を飲んでいる間に済ませた。もう一緒にいる必要もないだろうと、彼が牛乳の瓶を片付けている間に一人駅に向かったが、いつの間にか黒崎は富樫の横を歩いていた。


「優しいと思ったのにー」

「……」


 どこまで一緒に来るんだと言いたげな、苛立った顔で富樫が見てきても、黒崎は意に介さない。彼はそういう男だ。


「これから長い付き合いになると思うんだから、仲良くしようよー」

「……え?」


 どういうことですか、の声に、黒崎はきょとんとした顔で富樫を見た。


「聞いてない? コンビ組んだら、どっちかが辞めたり死んだりしない限り、ずっと組み続けるんだよ」

「……聞いてない」

「良かったね、今聞いた」


 満面の笑みで黒崎は頷き、富樫の手を取ると駆け出す。富樫は半ば呆然としながらも、転んではいけないと共に駆けた。


 ──怪画蒐々会。


 怪異を視る目を持つ者が多く在籍するその組織で、長く働いてきた黒崎はちょうど相方が不在で、金が入り用になった富樫は最近入ったばかり。要はタイミングの問題だった。

 二人での仕事は今回が二回目。

 どちらかが辞めるまで、あるいは死ぬまで、二人での仕事は続く。


「改めて、今後ともよろしくね、富樫くん!」

「……嫌だ!」


 ──『土星』、了。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

枯れ尾花を描く プロトタイプ 黒本聖南 @black_book

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説