第7話 たまごとわかめ

雪交じりの嵐は窓ガラスを叩く音がうるさくて、

いつ止むのだろうと思いながら、俺は膝を抱えた。

暗闇に現れる白い埃のような雪が目の前で踊っては、風に攫われて一瞬で消える。


「な゛?!」

「……なあさん……?」


ガラスを挟んで向こう側になあさんは

目をまん丸にして俺を見た。

前足が片っぽ、浮いてる。


明るくなっていた。

嵐も去っていた。

いつの間に。


カーテンは三十センチくらい開いていて、そうだ、

眠れなくて窓に当たる雨粒を見ていたんだった。


床の上、右にペペロミアの鉢、左にミントの鉢、その間で

体育座りで寝てしまっていた。

身体が痛いな。


「ゆきお、どうした」

「なあさんがどうしてるかと思って……」


葉っぱが張り付いたベランダのガラス戸を開けるとなあさんは

しゅる、と入って俺の足に顔を擦り寄せた。


「冷たい」

「それはすまない」


謝ったなあさんの額を撫でた。

全部冷たい。


「なんでもっと早く来ないの」

「朝ごはんの時間じゃないからな」


俺はなあさんの飯炊き要員でした。間違いない。

でもちょっと。あんな天気だったんだし。


「不機嫌だな」

「……いいです。お風呂です」

「おふろ」


なあさんを抱きかかえて風呂場に行って、ぬるめのお湯を

……いや、沸かして時間が経ってるからぬるすぎる。

ちょっと追い焚き。


蒸気でもやもやの風呂場でなあさんは

洗面器に入った。

俺はぬるめのお湯を手桶でなあさんの足元に何度も掛けた。

何度も。

洗面器の温度を少しずつ上げるように。


なあさんの体があったまってきた。

ついでだからさらっと石けんで洗う。

泡立てネットでもこもこにして、さらっと。


額を指でこすっていると、なあさんは

きゅっと目を閉じた。


なあさんは

ねこなのに水を怖がらなくて暴れなくて

ぶるぶる水切りした毛をバスタオルで拭いてドライヤーをする間も

ずっと大人しくしていた。


乾いたなあさんを

ふとんでくるんでこたつに運ぶ。

簡易湯たんぽのペットボトルを毛布の端っこに入れる。


なあさんをこたつに運ぶと俺は台所に向かって、

炊きあがり予約の時間を過ぎてひっくり返してなかったご飯にしゃもじを入れた。

ミルサーに掛けた煮干しの出汁にご飯を入れる。


ことこと。


味噌は少なめ。

柔らかくなったら溶き卵。

乾燥わかめをちょっとだけ。


フードボウルを運ぶとなあさんは

毛布から出てきた。


「今日はおじや」

「ゆきお」

「はい」

「心配を掛けたな」


鼻がつんとした。

目玉が熱くなる。


勝手に心配、していただけだけど。


鍋からなあさんのフードボウルと自分のお椀に

ひと掬いずつ。

今日はなあさんとおそろい。






……たまご粥って言ってたんだけど、先輩がそれはお粥じゃないって言うから。(雪緒)

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