第8話 厚揚げとねぎ

「ええ? 高速?」

『今、新潟入った』


ねぎを焼くフライパンの横で、スマホの画面に姉のアイコンが浮かぶ。

オレンジ色のフェアレディZのアイコンが自己主張する。

あと五時間くらいで着くからと姉は言い、俺は適当に返事をして


なあなあ、と。


『雪緒? ねこ———』


何か言い掛けていたようだが、ちょうど通話終了ボタンを押した。


「なあさん」


ベランダの前にはタオルはもう敷いてあるけどなあさんは

とことこ部屋の中を歩いていた。

また窓開いてたかな。

なあさんは

流し台の前に立つ俺の足元で止まって見上げる。


フライパンから立つ香ばしい匂いが気になるのかな。


「今日は厚揚げ」


大きめに切って全面を焼く。

それからオーブンタースターで焼いている長ねぎは

焦げそうになったらアルミホイルで蓋をするつもり。


なあさんは

ねぎは食べないから厚揚げだけになっちゃうけど。


「ねぎ、久々だな」


なあさんが

食べてくれるようになってからは確かに、思い返せば

あんまり使っていなかったかもしれない。


「母さんが好きだったから」


焼いた厚揚げとねぎに、だしにみそを溶いて、掛けただけの。

一年で、今日だけ。


なあさんは

こたつに戻っていった。

今日は運ぶものが多いからこたつの天板が渋滞だな。


なあさんの前にフードボウル、ご飯と冷ました厚揚げ、みそしるを掛ける。

お椀に厚揚げとねぎを入れて、みそしるを掛ける。


「誰か来るのか」

「姉ちゃんがみそしる食べにくるって電話」


なあさんは

かふかふと厚揚げを食べた。


勢いよくご飯を食べるなあさんを眺めて

俺のみそしるは冷めていって、

食べ終わったなあさんは

座る俺の腿の横で丸くなった。


あれ、寝そう。


「なあさん?」

「ゆきおの姉が来たら、帰る」


姉ちゃんは今新潟を走ってるからまだまだ着かないよと俺はなあさんに言って

珍しく長居するなあさんがくっついているところが温かくて

なんだかまた鼻がつんとする。


三月は苦手なんだ。






……いつも使ってる米麹の味噌は、姉が来るときに地元で買ってきてもらっています。(雪緒)



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