第5話 生死と解答は



「芸術は爆発だ」の名言と『傷ま――」


 俺はここまで聞いたところで、素早くタブレット端末の画面に指をすべらせた。赤い四角で表示されている「回答」ボタンを押し、入力フォームを呼び出す。カーソルがチカチカ点滅しているところをタップし、画面上にキーボードを呼び出して、回答を書き込む。


『岡本太郎』


 これで送信。この間もまだ謎の声は問題文を読み上げていたが、俺は多分これで正解だろうという確信を持っていたため、続きには耳を傾けていなかった。


 このクイズは簡単だった。まず「芸術は爆発だ」という名言。これは有名すぎるものだから、恐らくこの場に居たほぼ全員が聞いた瞬間に「岡本太郎」という名を思い浮かべた筈だろう。『傷ましき腕』『太陽の塔』どちらも素晴らしい作品であり、彼は日本を代表する優れた巨匠である。名言で気づけたなら、あとは入力のスピードである。ミスタッチが無いように、一番遅くならないように。


 これだけに気をつけて送信すれば、あとは安心。あとは帰ってまた次のクイズのために勉強するだけ…………だと、そう思っていたのに。





 数秒後、端末の画面に表示された文字を見て、俺は変な悲鳴を上げた。


「う、う、うそ、だろ……?」


 その画面には、俺の回答「岡本太郎」の上に真っ赤な筆文字フォントで「不正解」と書かれていたのだった。一気にどよめく会場――どうやら、不正解者が多いらしい。


「……は、え、俺……間違え、たのか?」


 信じられなかった。

 眼の前に突きつけられた運命を、受け入れたくなかった。


「はーい、はいはい。静粛に、諸君」


 〈幽冥の聖騎士〉の嫌な声が、騒ぐ俺たちを宥めた。ようやく静かになった会場に、彼の解説が響く。


「どうやら今回の問題は不正解者が多かったようだ……それもそのはず、今回は初めての『二段形式』にして引っ掛けたからな」


 ハッハッハと高笑いする〈幽冥の聖騎士〉。


「恐らく不正解の諸君は、『芸術は爆発だ』とか『傷ましき腕』の辺りで『岡本太郎』と入力し、送信したのだろう。嗚呼、素晴らしい! この反応速度と芸術に関する知識の質! だがしかし、今回のクイズは最後まで聞かなければ駄目な問題だったのだよ」


 まるで死を宣告しにきた死神のように、彼は告げた。


「今回の問題の全文は、“「芸術は爆発だ」の名言と、『傷ましき腕』『太陽の塔』などの代表作で知られる芸術家は岡本太郎ですが、では『天橋立図』『秋冬山水画』などで知られる日本の水墨画家は誰でしょう?”なのだからね。早押しクイズでよく使われる手法じゃないか、二段構成の引っ掛けだなんて」 


 クククと笑う声。俺は眼の前が真っ暗になった気分だった。


「この世界で、今まで使ってこなかった手法だからきっと油断していたんだろう? 今回の不正解者は、えっと……二百五十八人だ。残念ながら、当該諸君には死を与えねばならない」


 ああ、本当に死神の宣告が――――。


「では、さよなら」


 視界が暗転して、俺の意識はとぷんと何処かへ沈んでいった。

 




 ――何も、感じない。

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