第6話 救いの選択肢は


 クイズに不正解した俺は、この世界での「死」を与えられた……らしい。妙に薄暗い、水中をゆらゆらと漂っているようなそんな感覚に襲われる。此処はどこなのだろうか、そして俺は今どういう状態なのだろうか? ……わからない。


 そのとき、俺の脳内に直接声が響いてきた。


「やぁ、君は住民番号2653の神尾来翔かみお らいとくんだね?」


 ――その声は、〈幽冥の聖騎士〉……?


「よく分かったね。そう、私だ」


 俺の脳内に、何しに来たんだよ……俺はもう、死んだんじゃなかったのか?


「いや、君に選択肢をあげようと思ってね」

 

 〈幽冥の聖騎士〉は妙に優しい声で言った。


「今回のクイズは流石にズルすぎたと私も反省しているのだよ。だから、不本意にも不正解となってしまった住民の中から、数名にだけ『もう一度選び直す』権利を与えようと思ってね」


 数名だけ、に俺は選ばれたのか……?


「そうだよ。おめでとう、神尾来翔くん。君がうんと頷けば、たちまち時は戻り、あの回答の瞬間に戻ることができるよ……? 入力フォームに答えの水墨画家名『雪舟』を打ち込めば君はまたこの世界で生きられる」


 さて、どうする?


 〈幽冥の聖騎士〉は試すような声で俺に問うてきた。しかし俺はすぐには頷かない。更に問い返してみる。


「他の……その選択肢を選ばなかった人たちはどうなるんだ」

「そりゃぁ、ルール通り。死ぬんだよ。元の世界に戻ることもなく、この世界に残るわけでもなく。完全なる『消失』」

「……消失?」

「そうだ。その人が生きていた痕跡も何もかもがなくなる、ほんとうの意味での『別れ』さ。クイズに間違えた代償が大きい方が、臨場感たっぷり、スリリング。楽しいだろう?」


 直感的に、思った――こいつは狂っている。


「頭おかしいのか? そんなことしてなんの意味になる。お前の快楽か?」

「意味? そうだなぁ……知りたかったら私のいる高みへと登ってきなよ」


 〈幽冥の聖騎士〉はまた笑いながら言った。


「クイズに正解して正解して正解して……生き残って。その先に、理由にしろ意味にしろ、君の探し求めているモノがあると思うよ」

「生き残った、その先……」

「嗚呼。生き残れる強者だけが辿り着く境地――そこまで、おいで。ただしここで時を戻して生き残るという選択肢を選んだのなら、これからそれは使えなくなるよ」


 つまり、これ以降のクイズで俺は――“間違えることが出来ない”。だけど、このままだと俺は永遠に消失する。馬鹿げているこの世界のことも、狂っている〈幽冥の聖騎士〉のことも、そして異世界に転移してきた理由も――何もわからないまま、終わってしまうのだ。


 そんなのは、嫌だ。


「分かった。じゃあ〈幽冥の聖騎士〉、時を戻してくれ。俺は正解を書き込んで生き残る」

「おお」


 〈幽冥の聖騎士〉は嬉しそうに微笑んだ。


「君ならそう言ってくれると思ったよ、神尾来翔くん。いや……NO.2653くん? じゃあクイズ会場に戻るよ」


「ああ」


 ――周囲が少しずつ明るくなってきた。どうやらあの会場に戻りつつあるらしい。


「よし」


 絶対に、お前の正体とこの世界の謎を解き明かして、こんな馬鹿みたいな呪縛を終わらせてやる。そして元の世界に戻るんだ。


 俺は胸のうちに決意を秘め、誓った。



 *



 そんな少年の姿を見て、〈幽冥の聖騎士〉は薄く笑った。


「期待しているよ、神尾来翔くん」


 そんな言葉が彼の口から放たれたことを、神尾来翔は知らない――。

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