第4話 離れないように

 ――あの日はとっても嬉しかった。

 私が生きてきた人生の中でも一番の出来事。


 だって、あの子が動き出したんだもの。

 今まで大変だったとか、辛かったとか。

 全部吹き飛んじゃうような出来事。


 まずは、私の名前を覚えてもらうんだ。

 それから少しずつ言葉を覚えて……。

 絵本も読んであげようかな?

 二人でする遊びも色々考えているの。

 きっと、凄く楽しいんだから。


「ねえ、フォズ。

 ずっと私の友達でいてね」


「――――?」

 

 あの子は首を傾げて不思議そうにしているけど。

 いつか分かってくれる。

 きっと、いつか分かってくれるから。


 ◆◇◆◇


「……はぁ」


 私は森の中を目的もなく、ひたすらに歩く。

 そして今朝のことを思い出しては後悔する。

  

「なんであんな事言っちゃったんだろ」


 きっと、あの子なりに色々と考えてくれたんだと思う。

 それに対して、私があの子に言った言葉は酷いものだった。 


「でも、フォズだって悪いわよね。

 私と会えなくなってもいいなんて……」


 私にとってのフォズは、生まれて初めてできた大切な友達。

 そんな大切な友達が私の幸せのためになら犠牲になると言った。

 それが堪らなく嫌で、寂しかった。

 だから、あんなことを言ってしまった。


 フォズの事を考えながら森を歩いているうちに、見覚えのある場所へと辿りついていた。

 私が何度も訪れた場所。

 大切な思い出のある場所。

 

「習慣って怖いわね。自然とここに来ちゃうなんて」


 辺りは大きな木々に覆われていて、陽の光はほとんど差し込まない。

 木漏れ日を浴びながら、私はゆっくりと歩を進める。 

 そして、一本の大きな木の前で足を止める。

 

 その木は周囲の木々よりも一際大きく、幹は太い。

 私はその木の根元に座り込む。 

 静かな森に風が吹いた。

 風の動きに合わせて木々の葉がざわめき、木漏れ日が揺れる。


 私は木の幹に体重を預けたまま、空を見上げた。

 木々の隙間から見える空は、どこまでも高く蒼く澄んでいた。

 その景色が眩しく感じ、自然と瞼が下りる。

 私は目を閉じた。 


「……んぅ?」


 ふと気が付くと、私は木の根元で寝転んでいた。

 いつの間にか眠っていたようだ。

 身体を起こしてあたりを見回す。

 

 目の前の光景に、嬉しくて笑いそうになってしまった。

 でも、私は毅然とした態度を取り繕う。


「……何をしてるの?」


 私はそう言ってあの子を見つめた。 

 目の前に立っていたのはフォズだった。


「ごめん」


 フォズが謝罪の言葉を口にする。

 あの子は申し訳なさそうに俯いている。

 

「リディアの気持ちを考えていなかった。

 家を飛び出していく君の姿を見て、もう二度と会えなくなるんじゃないかって怖くなった」


「……」


「その時に初めてリディアの気持ちが分かったんだ。

 僕が言った言葉の愚かさも。

 ……本当にごめん」


 フォズの言葉で心が痛んだ。

 私の言葉はあの子の心に傷をつけたんだと思ったから。 

 

「私の方こそごめんなさい。

 嫌な事を言っちゃったよね」


 私は謝り、フォズに向かって手を差し出す。

 あの子は不思議そうに私の手を見つめる。


「えと、僕はどうすればいいの?」


「これは仲直りの儀式よ。

 私の手を握って」


「……こうかな?」

 

 フォズの手が重なった瞬間、私はぎゅっと強く握る。

 離れないように。


「このまま家に帰れたら仲直りよ」


「うん、分かった」


 私達は手を繋いで歩き出す。 

 繋いだ手から体温は伝わらないけど。

 大切な何かはきっと伝わっている。

 私はそう信じてる。

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フォズと魔女の子 個人ゲーム開発の田中 @game_tanaka

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