第3話 ふたりの怪物

「魔力には系統があるの」


 そう言いながら、ソファーに座る僕に両手をかざしているのはリディアだ。

 青白く温かな光が彼女の両手から、僕の胸に流れ込んでくる。


「フォズを動かしているのは青の性質を持つ魔力。

 胸にある宝石にその魔力を溜め込むことで、フォズは動いているんだよ」


「じゃあ、リディアから魔力が貰えなかったら僕はいつか動かなくなるってこと?」


「そうね、でも安心して。

 一回魔力を補給したら数か月は持つから」


 彼女がそう説明する横で、僕は自分の身体を見る。

 胸元にある青い宝石の中には複雑な模様が浮かんでいて、それが脈打つように点滅していた。 

 

「はい、おしまい」


 しばらくして魔力の補充を終えたリディアは、満足気な表情で頷いた。

 僕は自分の胸の辺りを手で撫でる。

 胸の中にある宝石には、彼女の魔力が宿っているのだと思うと不思議だ。


「ありがとう、リディア」


「どういたしまして」


 彼女はそう言って微笑むと、本棚から一冊の本を取り出す。

 そして僕の横に座って読みだした。

 最近、彼女は本を読んでいることが多い。

 

「今日は何を読んでいるの?」


「医療の本よ。

 怪我や病気を直したりする時に使う技術が載っているの」


 彼女は本に目を落としながら呟く。

 僕は少し意外に思った。

 

「リディアは魔法が使えるのに、そんな本が必要なの?」


「魔法は万能じゃないのよ。

 それに、何にでも魔法を使えばいいってものじゃないの」


 彼女はどこか悲しそうに呟いた。

 魔法のことが好きな彼女が言うこととは思えない。

 不思議に思って問いかけてみる。


「どうして?」


「……」

 

 リディアは本を閉じて僕の顔を覗き込む。

 彼女は真剣な眼差しで僕を見つめていた。

 

「この世界には、魔法が使える事を良く思わない人がたくさん居るの」


「なんで?魔法は凄く便利な力なのに」

 

 彼女は困ったように眉をひそめ、しばらく悩んだ後に口を開いた。


「人はみんな、生まれながらに魔法が使えるわけではないから」


「それは知ってるよ。

 だからこそ魔法を使えるリディアは凄いじゃないか」


 彼女は魔法を使って色々な物を作り出せる。

 僕を作ったのも彼女だ。 

 リディアはその言葉を聞くと、ゆっくりと首を横に振る。


「みんなの持っていない力を、自分が持っていることが良いことだとは限らないの」


「……そういうものなの?」


「そういうものなのよ。

 だから私は、魔法以外のことも色々と知りたいの」


 彼女の言葉は、僕の知らない世界を語っているように思えた。

 困惑する僕を見かねたのか、彼女は言葉を続ける。


「みんなね、分からない事が怖いの。もちろん私も。

 だから分かり合うためには、まず自分が相手の事を知らないとね」


「……リディアは魔法が使えない人達とも仲良くなりたいってこと?」


 僕がそう言うと彼女は驚いたように目を開いた後、優しく微笑んだ。

 

「うん、そうなのかもしれない。

 フォズは賢いね」

 

 彼女はそう言って、また本を読み始める。 

 僕もなんとなく真似をして本を開いた。 


 リディアの家にある本は、内容が難しい物が多くてよく分からない。

 色々な本を開いては閉じてを繰り返していると、絵が描いてある本を見つけた。

 これなら僕でも読めそうだ。

 僕は本棚から同じような本を何冊か手に取り、彼女の隣で読み始めた。


「……?」


 しばらく読書に夢中になっていると、リディアが僕に寄りかかっていることに気が付いた。

 彼女は目を閉じて眠っているようだった。 

 僕は読んでいた本をそっと閉じる。

 それから彼女の体をゆっくりと抱きかかえた。


「……んぅ」


 彼女は身じろぎするが目を覚ます様子はない。

 そのまま寝室に向かい、彼女をベットに寝かせて毛布を被せる。 

 

「……おやすみ、リディア」

 

 眠っている彼女を見て小さく呟いた後、僕は静かに部屋のドアを閉めた。


 ◆◇◆◇

 

 ――あるところに、大きな怪物と小さな怪物が暮らしていた。

 ふたりの怪物はみんなに嫌われていた。

 みんなは怪物を見かけると、悪口を言っては石を投げた。

 

 小さな怪物はみんなと仲良くなりたかった。

 ある日、小さな怪物はみんなに向かってこう言った。


『わたしたちは、とても優しい怪物です』


 しかし、みんなは誰もそのことを信じてくれなかった。

 嘘をつくなと石を投げた。

 小さな怪物は困った。

 どうすればみんなが仲良くしてくれるのか分からなかった。

 

『僕がみんなの前で暴れるから、君が暴れた僕をこらしめるんだ。

 そうすればみんな君のことを優しい怪物だと信じるよ』


 大きな怪物はそう言った。

 小さな怪物は少し考えてから頷いた。


『分かった』

 

 そしてある日、大きな怪物はみんなの前でたくさん暴れた。

 みんなが困っていた時に小さな怪物が現れて、大きな怪物と戦い始めた。

 みんなは小さな怪物が戦っている姿を見て、とても喜んだ。

 そして小さな怪物に負けた大きな怪物は、森の奥へと逃げて行った。


『小さな怪物は優しい!』


 小さな怪物はみんなに褒められた。

 みんなと仲良くなれた小さな怪物は、その後幸せに暮らした。




 ――何度も読み返した。

 僕は何度もこの本を読み返した。

 気づいた時には、もう朝日が昇り始めていた。

 窓からは太陽の光が差し込み、鳥がさえずる声も聞こえてくる。


「……おはよう、フォズ」


 眠そうに目を擦りながら、寝室の扉を開けて顔を出したのはリディアだった。

 彼女は寝起きのためか、まだボーッとした表情を浮かべている。 

 でも、そんな彼女の様子も気にせずに僕は話しかける。


「良いことを思いついたんだよ、リディア!」


「どうしたのフォズ?朝早くから元気ね」


 興奮した僕の声に目を丸くする彼女。

 僕は構わず話を続けた。 

 

「リディアが優しいってことを、みんなに知ってもらうんだ!」


「……えっ?」


 突然の言葉に困惑するリディア。 

 僕は持っていた本を開いて彼女に見せる。


「この本に出てくる小さな怪物と同じことをすればいいんだよ!」


「……」


「僕らが住んでいる山のふもとには村があるよね?そこで僕が暴れるんだ」


「…………」


「暴れている僕をリディアが魔法で懲らしめる。

 そうすればリディアは村の人達と仲良くなれるはずさ!」


 僕の説明を、彼女はただ黙って聞いていた。

 しばらく黙っていた彼女はぽつりと呟く。


「フォズはどうなるの?」


「え、僕?」

 

 彼女の問いかけに首を傾げる。

 そりゃあ、僕が暴れる役なんだから村の人達からは嫌われるんだろう。 

 でも、僕は別に村の人達と仲良くなる必要はない。

 彼女が受け入れられて、幸せになってくれればそれでいいんだ。

 

「その方法で私が村の人達と仲良くなれたとしても、フォズとはきっと会えなくなっちゃうよ?」


「……それは仕方ないんじゃないかな」


 僕の言葉に、彼女は表情を曇らせる。

 どうしてだろう。

 どうして彼女は悲しそうな顔をしているんだろう。

 やがて、俯く彼女の口から小さく呟くような声が聞こえる。

  

「フォズは本当にそれでいいの?」


「僕はリディアが幸せになれるなら、それでも構わないよ」


 僕はそう言って彼女を見た。 

 彼女はしばらく何も言わなかった。

 そして、


「……フォズなんて知らない。大嫌い」


 彼女はそう呟くと、部屋の外へと飛び出していった。

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