第32話 過去の事

「おい!共犯者あいぼう!今日は俺がやるっつたろ!!」


「悪かったってうっせーな!このトカゲが弱すぎるのがわりいんだよ!」


 私の体を掴んでいた手から力が抜けてどさりと地面に落ちた私の目の前でローブを纏った男と女が言い争いを始めていた。



「今日も喧嘩してるの、仲いいよねェ二人とも。」


「小うるさくて叶わないな。」



 喧嘩をする二人のもとにまたも男と女、襤褸と筆を持った画家のような男に剣を携えた女。



「おーい!小僧!酒はまだか!酒持ってこーい!!!!」


「っせーなラグナロク!!ここは酒場じゃねえよ馬鹿が!!!」



 私の後方で叫ぶ袈裟姿の男はどうやらというらしい。なおも酒に酔っぱらっているようだが。



「あ、あの…。」


「ん、なんだこいつ。どうすんだ、殺すか?共犯者あいぼう。」


「お前はなんでそんなに殺したがるんだROA、えーっと…あーなるほど?トカゲに襲われたんだろ。」



 あいぼうと呼ばれるローブの男はきょろきょろ周りを見渡して壊された檻と馬車を見てある程度の判断をつけたらしい。



「ってもなあ、どうしたもんかね。」


「置いてけばいいンじゃないの。どうせ邪魔になるでしょ。」


「ネームレスの言いてえことも分かるけどよ、今日の気分がそうじゃねえんだよな。」


「リーダーがそう言うならそれに従う。それまでだろう。」


「ハッ!武器女レイシアはいっつもそうだよな!自分の意見ってもんがねーでやがる。」



 喧々囂々、竜を倒した一団はどうやら私の扱いについて決めかねているようだった。



「あの!!」



 少ない勇気を振り絞る。どうせここで死ぬ運命だったのだ。だったら賭けてみるべきだ。分が悪くとも、これまでの奴隷人生を思い返せば自由な選択ができたことなど一度もない。



「わ、私を貴方達の仲間に入れてもらえませんか!!」



 暗くて昏い私の人生にやっと色が差し込んだのがこの瞬間だった。


 ◆◇◆


 ソレからの日々は楽しかった。


 わけもわからず縋るように一団への入団を希望した私だったが答えは意外とあっさりとしたもので、



「ま、いいんじゃない。」



 クライムというリーダーのそんな一言が決め手だった。


 旅する罪人ハウンドはどうやら大陸でも札付きの厄介者の様だった。


 なにもかもがリーダーであるクライムの気分次第、表向きの扱いは傭兵集団ではあるのだが実態は別物。気軽に人を助けるし、気軽に人を害していた。


 ただしそれだけなら迷惑なだけだが何より問題なのはメンバーの誰も彼もが異様に強いのが厄介者の名を冠する理由だった。


 大陸最強の武力を持つような集団が完全に気分でその日の行動を決めるのだ。はっきり言って災害にも近い悪質なソレだった。


 歩く災害、害悪集団、大陸最強、最悪な罪人。


 散々な呼び名だった。しかし、一部の傭兵や殺し屋、冒険者なんかはその自由と強さに憧憬を抱いていた者たちも少なくない。


 そんな集団だった。


 当然加入した私もリーダーに振り回されるわけだがそれでも楽しかった。特に力のない私にやれることは身の回りの世話だけだったがそれがどうにも彼らの助けになるらしかった。


 メンバー全員揃いも揃ってこと生活することに関しては致命的なほどに下手くそだった。


 料理ができない、掃除ができない、洗濯ができない。


 奴隷の子として生まれ、散々雑用をやってきた身としてはこれ以上ないほど適任の仕事だった。


 それにたった5人の世話などで感謝されるなんて今までの境遇を思えばまるで天国の様で、やりたいことをやりたいようにやる皆に付いて行くのは楽しかった。


 大陸を渡り歩いてよくわからない魔物を倒したり、街に出向いては無銭飲食をして逃げ回り、状況も何も不明でも悪漢から誰かを助けたり。


 気の向くまま、人を助けたり、気に入らないやつを殺したり。


 天衣無縫の落伍者が私達だった。


 そんなこんなで一年がたったくらいだろうか、私にも能力があったらしく、脳内伝達なんていう、彼らには比べるべくもないほどにちっぽけな能力が芽生えた。


 それから先は私も戦闘に参加するようになった、といっても後方支援のようなものだが。


 多方面に喧嘩を売るとき、互いの情報を共有する、伝達できる私の能力はそれなりに役に立った。


 雑用だけでなく、こうして支えるようになって初めて彼らと本当に仲間になれた気がした。


 本当に、本当に楽しかった。


 バラ色の人生だなんて言うがまさしく私の人生は美しく生まれ変わったんだ。


 そしてまた、灰色の昏い色へと落ちたんだがな。


 皆と出会って3年だったか。それくらいの月日が流れた気がする。


 、私たちはそこに滞在していた。


 魔法先進国、その国が隠し持つ秘宝があるという、リーダーはそれを見てみようと言っていた。


 どうするのかわからないが気に入ったのならそのままいただくつもりなのだろう。


 そして私達6人は国に喧嘩を売った、いつも通り問題もなく終わるはずだった。


 終わるはずだったのに。




 ◆◇◆




「ふん、貴様がクライムとやらか。」



 私は首根っこを掴まれてリーダーたちの前に引きずり出された。


 現国王、無慈悲なアルランド王は頭の回る奴だった。


 私の位置がどこかでバレて捕まったのだ。ただそれだけなら問題は無い。国ごと亡ぼすだけだろう、でもそれだけでは済まなった。


 国王は捕まえた私と、急いで儀式を行った。生命の連結、一蓮托生。


 という至極単純なそれを。



「理解できたか?ジューダス・クライム、この女の命は最早私の手の中にあると言ってもいい。」


「で?言いてぇことはそれだけかよ。」



 構わず魔法を放とうとするリーダーに王が待ったをかける。




「そして私は1時間後には死ぬだろう。」



「…は?」



「大方、私以外を殺しつくした後で私を飼い殺しにでもするつもりだったのだろうがそうはいかん。」



 王城の中で王は叫ぶ。



「私と契約をせよ、クライム。そうでなければ個奴は死ぬぞ。」



 王は自らに縛りを設けた。1時間後に誰かと契約を結ばなくてはならないという縛りを設けることで一蓮托生を為したのだ。


 縛り方などどうでもよかったのだろう。ただ重要なのは旅する罪人ハウンドを手中に収めること。



「契約せよ!全てを棄てて、我らの国の奴隷となり、駒と成れ。」



 王は高らかに謳いあげた。


 純粋なまでの勝利宣言を。



 ◆◇◆



 内容は酷いものだ。悪魔召喚による確実な契約。不義理を許さぬ徹底的なまでの履行。


 クライムを含めた旅する罪人ハウンドは今後魔法国家レイメイの住民とし、国の益となる部隊をつくる。


 レイメイの住人に悪意を持って害することを許さず、レイメイの発展にその人生を捧げなくてはならない。


 代償として、アルランド王はミハイル・カロラインとの生命連結を解除する。


 契約の不義理が起きたなら、その時はクライムを除く、ミハイル、レイシア、ネームレス、ラグナロク、ROAの命を捧げるものとする。


 そしてジューダス・クライムは記憶を失い、新たな人間として生まれ変わる。



 ジューダス・クライムであると。



 大まかに、そんな内容の契約だった。


 結ぶ必要もないほどの悪辣さ、はっきり言って成り立っていない。


 何もかもが私たちに不利で、どうしようもないほどの暴挙。


 それでもリーダーは迷わなかった。



「いいぜ、契約しよう。」



 あっさり、そういってしまった。リーダーはその時の気分で



「いいのか、共犯者あいぼう。」


「別にいいだろ。それとお前ら俺に約束しろよ。」





 決して仲間は見捨てねえって。





 クライムが仲間と結んだ約束が未来を閉ざす始まりだった。

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