第31話 ネームレス、ROA、ミハイル

 肉体は万全だがなんせ体が痛むような感覚に悩まされている。


 ラグナロクとやりあった後はいつもこうだ。


 ゆっくりとした足取りで何とかたどり着いたのは城前。


 ただ不思議なことに騎士団はおろか城を普段警備するような衛兵すらもいない、代わりにいるのは名無しの筆取り。



「やァ、ボロボロって感じだね、クライム。見かけは傷一つないけど。」


「おっさんは容赦ねえからな。」


「ボクもラグナロクとはやりあいたくないなァ、イタイのキライだし。」



 カラカラと笑う彼の姿は今の俺には死神を思わせるに十分だった。



「ん?あァ何か勘違いしてない?ボクは別にクライムを止めたりしないよ。」


「へえ…。」


「信じてないでしょ、でもホントだよ。特に止める理由もないしね。」



 そういうと彼は筆を取りだして宙に何かを描き始める。



「もう散々聞いたんじゃない?約束と、未来。言い換えるとね、の二択だって話なんだよね。」


「隊長が裏切ったんだろ。なんでそれが守るとか助けるとかの話になる。」


「いけば分かるよ。きっと隊長がすべて話してくれるだろうさ。」



 動き出した筆は止まらない、ただただ美しく風景を描き出す。



「僕は君との約束よりも未来を選んだって話。隊長も好きなんだけどさ。やっぱりクライムが可哀そうだし。」



 色とりどりの動植物に幻想的な生物の数々を描き出す。



「はい完成。題名は ―門出を祝う― どうかキミの未来が美しくあることを祈って。」



 城の外観をどこまでも空想的で現実離れした世界に書き換える、ネームレスなりの応援で。


 城門の前から道を譲り扉は開かれる。


 隊長のもとまであと少し。



 ◆◇◆



 城下町からの乱闘、それに加えて道場破りのごとく城に侵入した俺を咎める物は誰もいなかった。


 正確には皆が倒れ伏していた。戦闘の形跡はなく、皆が皆、その場で眠りこけてしまっているかのような、そんな状況だった。



「誰がこんなことをって、言うまでもねえよな。」



 意識を失っている城内の兵士たちを横目に俺は宝物庫へとつながる地下への階段を降りていく。


 カツカツ。やや薄暗い廊下を抜けていく先に大きなカギ付きの扉、そして扉の前に立っているのは…



「お前もいると思ったよ、ROA。」



「よお、共犯者あいぼう。奇遇だな、こんなところで会うなんてよ。」



 街でばったり出くわしたかのような自然さで出迎えてきたのは全属性術者スペルマスターだった。



「中で寝てた兵士もお前の仕業なんだろ?なんなら隊長がここまでこれたのはほとんどお前のおかげだろう。」


「正解、正解。まあ、でもあんまり歯ごたえなくってよ、つまんねーと思ってたとこなんだ。」



 それはそうだろう、俺たちを相手どれる人間なんて限られている。ましてただの一般兵ではなおさらだ。



「ちょっと不可解だったんだよな、使隊長がどうやってこの宝物庫まで忍び込むんだろうってよ。でもお前が協力してるんなら話は変わる、正面から堂々ぶち抜けばそれでおしまいだからな。」


「つっても俺にも色々制約があるからよ、傷つけないようにするのには苦労した。」


「んで?どうするんだ。ROAはやるのか?やらないのか。」


共犯者あいぼうと戦うのは久方ぶりだからな、是非にっていいてーんだけどよ。今はそういう気分じゃねえんだ。」



 手に持った杖をポイと投げて床に捨ててしまう。



「なんつーかよ。色々と思い返してたんだよ、今までの事。も面白かったし、でさえもそれなりに楽しいって思えてきたとこなんだよな。」



 はあ、とため息を入れて彼女は続ける。



「でもあの女狐ミハイルはやっぱきつかったみてーだな。今の共犯者あいぼうを見ているのが。気持ちはわからんでもねーけど。」



 やれやれと言わんばかりの顔で首を振る、そして彼女もまたネームレスと同様に扉から離れて道を開ける。



「いけよ、そしたら全てが分かるさ、何もかもを思い出せる。」



 ここまでわからないこと尽くしだった。一体隊長は何をする気なのだろうか。




 目の前の扉の先に答えはある。




 手を当て、力を籠める。




「悪いな、隊長ミハイル。」




 先を行く俺の横でそうつぶやいたROAが一体何に謝ったのか、何を誤ったのかわからない。




 ◆◇◆




「…きたか、クライム。」



 金銀財宝、豪奢に絢爛。目が痛くなるほどの輝きを放つそのどれもこれもが隊長にとってはどうでもいいものであるようだった。


 ただ一つ、手にしているのは白紙化ホワイトバックとよばれた秘宝。



「なあ、姉さん。説明してくれねえか。何もかも。分からないことだらけだ。」


「わかってるよ、クライム。いや。」



 小さな掌にのような形の秘宝をもってこちらに振り返る隊長の目には涙を湛えていた。



「長かったんだ、決心をつけるのが。遅れてしまったんだよ、リーダー。」



 やや嗚咽交じりに話す彼女はそれでも真っすぐ俺を見つめ続ける。



「命が、死ぬのが惜しかっただけなんだ。約束だなんだとこじつけて、結局は自分の命惜しさにリーダーを犠牲にしたクズなんだよ私は。」



 そしてとうとう語り始める、俺と隊長の話を。



 ◆◇◆



 もうリーダーはないだろうが、私は奴隷の娘として生まれてきたんだ。奴隷と奴隷の間に生まれた子供、それが私ミハイル・カロラインの正体だ。


 そんな生まれなものだから必然私の人生なんて黒一色だ。こき使われるだけの人生。父と母は死んだんだっけな、あの時のことはあまり思い出したくない。


 結局、顔が整っていたのが幸いしてすぐに殺されることは無かった。ある意味使だと、そう思われたんだろう。10歳を越えるまでは雑用だなんだとさせられながら過ごしていた。


 そんな折、奴隷商に引きずられ、街から街へと渡り歩いていた途中のことだ。道中で悍ましいほどの大きさの竜に遭遇した。


 勿論奴隷商たちは逃げ出し、檻の中にいた私達奴隷は置き去り、一人ひとりと殺されて最後の最後、食いでの無い私が掴まれたとき、助けてくれたのが






 旅する罪人ハウンドだった。





 初めて私は助けられるという感覚を知ったんだ。


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