第30話 レイシア、ラグナロク

「冗談にしちゃ笑えないな。レイシア。」


「笑えないのはこっちも同じだよ。これからどうしたものか。今までの安寧は崩れ落ちる、彼女がそう望んだことだ、私たちも決断が迫られているというわけだ。」


朝だというのに閉め切られ、暗い詰め所の中心でこちらを見つめる彼女には何か決意が感じられる。それも並大抵ものではない、そんな何か。


「私はな、クライム。君との約束を守ろうと思うよ。今の君がどう思おうと。」


「まてレイシア、約束ってなんだ。一体何のことを」


伝承模倣 ―サクラ― 人斬ひとき鬼灯ほおずき 大具足おおぐそく


説明も無しに構えをとるレイシア、もうなにも言うことは無いとでも言わんばかりに。


「…ここでやんのかよ。」


何もわからずとも、彼女が何か大きな意志をもってして選んだ道なのだろう。


「だったら付き合ってやる。心行くまで、とことんやろう。」


地脈操作捌号 泥遊び 亜流 土細工つちざいく


見る見るうちに俺も武装がその手に握られる。


二丁の拳銃、片や人を殺すことだけに長けた刀。


どちらにしたってもう怪我で済む話じゃない。


「空いた穴はラグナロクに治してもらえ。」


「行くぞ、クライム。私の我儘に付き合ってくれ。」


街のど真ん中、詰め所を叩き壊しながら俺たちの戦いは始まった。


◆◇◆


蹴飛ばされて逃げ惑う群集に突っ込みながらも彼女に向けて銃撃を放つ。


しかしながら彼女に命中することなく、民家や何かの店の壁に穴が開くだけだ。幸い、中の人間には当たっていないようだが。


「クソ!どうしちまったんだよマジで!!」


訳が分からない。この戦いもそうだがレイシアは基本的に任務に忠実ないわゆる優等生タイプの人間だ。


私情を仕事に挟まない実直な人間なはず。


「…っ地脈操作 参号 亜流 土籠」


銃撃を躱しながら一直線にこちらに走り込んで抜刀する一撃を巨大な籠をつくって受け止める。


「おいおい、マジか。今の一撃はあり得ねえだろ。」


横薙ぎに振り抜いた一撃は直撃せずとも衝撃波だけで吹き飛びそうなほどだ。だがそんなことは些事、なによりも重視することは明らかに俺を斬ろうとしたことだ。


「そこまでいったら取り返しつかねえぞ。」


「もうついてないんだよ。クライム、それほどに私たちは終わっているんだ。」


「何言ってんだ!!まだ隊長が裏切ったかどうかも分かんねえだろうが!!そうだ、狙いは秘宝なんだろ?だったらそこに行けば」


「それを止めるのが私の役目だ。クライム。それだけはダメなんだよ。」


ゆっくりと構えを取り直すレイシア。


「隊長は私が何とか説得して見せる。だからお前は何もしないでくれ、クライム。」


「そう言われてじっとしてられるほど、気が長い男じゃないってよく分かってんだろ。」


伝承開闢 ―武器狂いレイシア― 己が拳、世棄て装束 


地脈操作 裏ノ拾號 傑作人形パーフェクト ―灰被りの少女シンデレラ カイ


本気の戦い。こうなった以上互いに引き下がる選択肢は残っていない。


もう終焉は近かった。


◆◇◆


「あァ、クソ、なんで。なんでこうなっちまったんだ。」


長く苦しい戦いの中で勝ち残ったのは俺で、負けたのがレイシアだった。


地面に倒れ伏すレイシアはまだ息をしている。死んではいない。一度彼女の本気を闘技場で見ているのが差になった。


彼女との再戦に備えて改良しておいたシンデレラが役に立ったという所だ。なおもこんなに早く使うことになるとは思わなかったが。


「はは、やっぱり勝てないな。私はいつも中途半端な女だよ、クライム。」


「なあ、教えてくれないか。一体何が起きてるんだ。そんで約束って何なんだよ。」


「いけば分かるさ。」


詰め所はおろか周辺地域の建築物一帯が崩れ落ち、すぐにも騎士団がこちらに駆けつけてくるだろう。


その崩壊地点の中央で彼女は倒れながらもレイメイの城を指さす。


「彼女はそこで待っている。約束を守ってやれなくて済まないなクライムリーダー。」


そう言い残してレイシアは目を閉じ、意識を泥の中に沈めた。


「なんだってんだよ、畜生。」


もはや彼女から何も聞きだせはしない。


死んじゃあいないが当分起きないのは明らかだ。であれば向かうしかないのだろう。隊長のいるであろう城の宝物庫に。


騎士団が来るより早く、俺はその場を後にした。


◆◇◆


城に向かう道中、その城下町にて。


走っていた俺はどうにもその足を止めざるを得なかった。


まるで俺が其処に来ることを分かっていたかのように男は立っていた。


袈裟と筋肉、それにスキンヘッドと片手に携えた。どうしようもないほどに男が誰であるかを物語っていた。


「よお、小僧。昨日ぶりだな。」


「おっさんも分かってそこに立ってんのか?俺には何にも分かんねえが。」


「そうだなあ…わかってはいる。彼女の決断の理由も、お前との約束も。」


「おっさんは教えてくれる…ってわけじゃなさそうだな。どいつもコイツも説明しちゃくれねえんだ。」


俺のセリフを聞き終えると彼もまた深く腰を落として動けるように構えをとる。


「わしのやり方はしっておるだろ?だから早めに諦めてくれると助かるんだが。」


「悪いな、オッサンも良く知ってんだろ。俺はこういう時は頑固で意地っ張りだって。」


両手を合わせて魔法陣を描く。


「裏はさっきレイシアに使っちまったからな、表だけで勘弁してくれや。」


「わしも実は朝から酒を飲んどらん。素面のわしの説教は長いぞクライム。」


かくして第二幕。街を壊してでも俺たちは止まることは無い。


◆◇◆


「ゴハッ…!」


何度目の敗北だろうか。


地脈操作の裏も使わずラグナロクに勝つのは土台不可能だ。


壊れた街は一面俺の血で汚れ切っている。およそ一人の肉体から出たとは思えぬほどのおびただしい出血。そのすべてはラグナロクの回復術の影響だが。


全身治療フルヒール


「はあ…はあ…。ははっ、元気満タンだ、さあやろうぜ。何回戦目かもわからないがよ。」


「…。」


説教も拳も尽きたのか、ラグナロクはその拳を降ろして構えを解く。


「小僧、お前はなぜそこまでして小娘ミハイルのもとへとゆくのだ。」


「なぜ?知らねえよ。俺にはもう何もわかんねえんだよ。だが隊長が何か悪い事しようとしてんなら止めてやるのが仲間ってもんだろ。」


「…ひとつだけ教えてやろう。小娘はなにも悪事を成そうとしているわけではない。ただお前を救いたいだけだよ。クライム。」


「どういう意味だ。」


「わしらは朝から小娘に起こされての、決断を迫ったわけだ。お前とのを取るか、それともお前のを取るか。とな。」


約束と、未来。


「わしとレイシアは約束を選んだ。そのために、お前を打ち倒してどこか遠くに連れて行かねばならんかったんだが。」


いつの間にやら取り出していた酒を呷って豪快に笑う。


「止めてやれんか。すまんな、クライム。」


そう言うと血の海の中でどっかりと座り込み酒を飲んでは笑い泣く。


「先に行け、行ってしまえ。悪いな小娘。わしらじゃどうにもならんかった。」


笑って泣いて、泣いて笑って。


そんなおっさんの傍らを通り過ぎ、俺は足を進める。


とんとわからぬ、未来のために。





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