第29話 酩酊

特殊部隊きみたちの中に裏切り者がいるんだ。」


「…仰る意味が分かりません。」


 俺の思考はフリーズしていた。まったく働いていなかったといってもいい。


 それほどに衝撃が大きい内容だ。裏切り者?一体誰が?


 そもそも本当に存在するのか?


「はは、そう構えなくていいよクライム君、別に難しい事を言ったつもりはないのだが。もしかして裏切り者っていう言葉を知らないなんてことはないだろう?」


「訂正します。先ほどの内容を私に告げる理由が分かりません。」


 裏切り者がいる。成程それが真実なのだとしよう。それを何故俺に言う必要がある?


 まずそもそもとしてこういう内容は俺じゃなくミハイル隊長に先に連絡があるべきだ、何もかもをすっ飛ばしている。


「理由?理由ときたか、ふふ。」


 何がおかしいのか皇子は手を顔に当ててくつくつと笑う。





。」





「…は?」


 いよいよ声が出た。何を言ってるんだこの人は。



「しいて言うならこうする方が面白くなるから、だね。別に私は何もかもを計算ずくで生きているわけじゃないんだ。何かイレギュラーが起きたときには積極的に楽しみたいと、そう思うんだよ。」



「…そうですか。裏切り者がいるのだとして検討はついているんでしょうか。」



 胡乱な返事しかできない、イレギュラーである裏切り者は果たして誰なのか。


「詳しいことは言えないんだがね、裏切り者はだ。」


「…だから私にだけは忠告をしたと?」


「一つ言っておくけど、この内容は誰に吹聴しても構わない。」


「何故でしょう?」


「ある種の牽制になるんでね、裏切り者の目的は明確さ。」


 目的、そうだ。裏切るのであればそこには必然、目的が存在してしかるべきだろう。




「レイメイ城内の宝物庫。数ある秘宝のうちの一つ、白紙化ホワイトバックの入手だ。」




「…それだけ?」




 思わず言葉が飛び出てしまった。


 俺たちを裏切ってまですることが?いよいよ本当に裏切り者がいるかどうかすら怪しい段階に入ってきた。


「まあ、どう受け取ろうが構わないよ。私を疑っても良い。好きに動いてくれ。それがきっと最後にはこの国の良い結末を呼び込むのだから。」


 それでは私は次の予定があるのでね。


 そう言っては私室から消えていく皇子を余所目に俺の頭の中ではこれからの事。今の仲間の裏切り者がいるというかもしれない事実。


 ぐるぐると目まぐるしく俺の頭で回る思考が止まることは無かった。



 ◆◇◆



「おや、戻ったかクライム。どうした?顔色が優れないようだが。」


「ああ、隊長。」


 今日も変わらずに書類を片づける隊長は心配顔で俺の顔を覗き込む。


 裏切り、それが本当なのだとしたら。もうそれでいいのではないか?そう思うようになってきていた。


 どうにも確かに裏切っているのかもしれないがそれはあくまでに対してだ。


 俺たちを害しようというわけではないはずだ。なんぞ秘宝を奪うためだけに裏切りを計画したというのは非常に気になることだが。



「実はですね、少し長くなるんですが…。」



 結局俺は隊長に打ち明けることにした。自分を除けば一番信頼できる人物なのもそうだが俺の頭ではどうやっても知能が足りんでな。




「…。まあ、事の詳細は理解した。それを打ち明けてくれた事にも感謝しようクライム。」


 書類から手を放して思案顔で俺の話を聞いている隊長は何処かムツカシイ顔をしていた。



「裏切り、か。確かにお前の言うように我々は国の奴隷と言っても過言ではない。特殊部隊なんぞ滅私奉公が前提の職務であるしな。」



 確かに、賃金は高いが兎にも角にも自由が無い。大抵はいついかなる時であろうが駆り出されるのが俺達だ。


 そういえば他の仲間はどうして特殊部隊に入ったのだろうか。聞いたことが無かったような…ん?俺はどうしてこんな事を…?



「思考で頭がパンクしているのが丸わかりだぞクライム。」



 隊長の言葉で現実に引き戻る。なんだか余計なことまで考えてしまいそうだった。



「とにかくこの内容はあまり言いふらすな。第一皇子はそう言ったんだろうが余計な混乱をもたらされてもこっちが困る。」



 確かにあの馬鹿どもに言って回ったら任務をボイコットなんて言い出すやもしれない。



「こちらでも色々とその裏切り者とやらを調べてみるとしよう。今日は任務もない、あがってくれて結構だ。何かあれば駆けつけてもらうがな。」



 そのまま隊長は俺から目を話して紙切れとの悪戦苦闘を再開する。



「んじゃあ、お先に。」



 それだけ残して俺は詰め所から離れた。さて何処に行こうか何をしようか。


 何をするにも理由がいる性質ではないが今日という日に限っては何かをやっていないと気が済まなかった。



「おや、小僧じゃないか。」



 そんな俺にまさしく都合のいいこと、ラグナロクとばったり出くわしたのは幸運と言う他なかった。



 ◆◇◆



「辛気臭い顔せずに、ほら飲まんか!!」


 ぐびぐび、ぐびぐび、ラグナロクに言われるがままに銘もわからぬ酒を飲み下す。


 なんだか辛くすっきりとしているだがこんなにも飲んでいたら段々胸焼けがしてきた。


 酒場の中でもたった二人だけで今日一番の酒を開けたのだ。加えてバカでかいラグナロクの声は酒場の注目を集めきっていた。



「偶には外で飲むのも悪くないのう!」


「っせーな!あんたは何処でも飲んでんだろうが!」


「お?そうだったか?まあいい!呑め呑め!辛気臭い顔しとったあたりなんぞらしくなく色々と悩んどったんじゃろうが。」



 ぐびっとさらに一杯、無尽蔵の肉体がどこまでも酒を受け入れていく。



「くだらんくだらん!わしがお前ぐらいの年の頃はな…」



 今日は長くなるのだろう、ラグナロクが昔話を始めたら止まらないのはいつもの事だ。


 滔々と語るおっさんの愚痴やら説教やら、其の全てを聴くことは叶わずに段々と遠のく意識を俺はゆっくりと手放した。



 ◆◇◆



「というわけでな…っと、寝てしもうたか。」


 詰め所から出た小僧を引っ張ってきては酒を無理やり飲ませていたがとうに限界が来ていたらしい。


「全く、いらんことを抱え込むのはお前の昔からの悪い癖よな。もっともお前は覚えてらんのだろうが。」


 寝息を立てる小僧を起こさぬように最後に一杯だけ店主に注文をつける。


「お前はただあるだけでいい。それだけでわしらは幸せなんだよ。」


 ぐいっと飲み干した一杯は久方ぶりにキリリと辛い味がした。


 いつかの記憶を想うことはしないように心がけていたはずなのだが。



 ◆◇◆



 頭痛が酷い、飲み過ぎた、いや飲まされ過ぎたせいだろう。ふらつきながらも支度をして詰め所に向かう。


「うん、。」



 扉を開けて中に入ると珍しく隊長の姿が無い。


 代わりにいるのは仁王立ちをして窓から街を眺めるレイシアだった。




「もう来たのか、早いな。クライム。」


「おはよう、レイシア。隊長がいないなんて珍しい。」


「…どう思う、クライム。」




 ゆっくりとこちらを見据えてくるレイシアの顔はいつにも増して険しい。









「…どうって?風邪でも引いたんじゃ」


「分かってるんだろう?隊長は裏切り者だ。」








 お前との約束をふいにして、な。




 今度こそ、俺は理解を放棄した。

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