第28話 転換点
数日後、俺たちはレイメイに戻って今まで通りの平穏を享受していた。
「国同士の諍いがあろうが意外と人間気にもかけないもんだよな。」
つい先日、グレイディが属国となったにも関わらず街の様子に対した変わりはない。
皆が皆、目の前の人生を生きていくのに必死なのだ。そしてそれは俺も同じ。
「通達だ、街から南西、ラミナ洞内部にて巨大な魔力反応を確認、おそらく質からして土蜘蛛だろうがあそこは行商ルートだ。安全確保のためにも処理して来い。近いのは…」
今日も今日とて任務に駆り出される。
「なあ、共犯者。なんで俺達なんだよ。折角イイとこだったじゃねえかよ。」
俺の土車の中、ROAは心底うんざりした顔で愚痴を垂れる。
「近いつっても飯の途中はやめて欲しいもんだよな。こればっかりはどうにかならんもんかね。」
俺達は偶には二人で、と飯をつっついていたわけだが土蜘蛛討伐に駆り出される。
「こっちの事情も考えろってんだよな、飯ん途中はねーだろ。」
やれやれと腕を頭の後ろに回してくつろぐ彼女。年頃の女性とは思えぬ気安さがある意味で彼女の魅力なのだろうか。
「つーかラミナ洞って結構広くなかったか?探すのに苦労はしねえだろうがめんどくせえよなあ…。」
上司がいないことをいいことに不平不満のオンパレード。代表選の報酬が案外大したことなかったこともどこかで尾を引いているかもしれない。
◆◇◆
「一瞬だったなあ、おい。」
ラミナ洞の最奥、地面に倒れ伏して動かなくなった馬鹿みたいなサイズの蜘蛛に乗っかりながらROAは笑う。
「だから、いったろ。俺だけでも問題ねえって。」
「別に
実際、今回の任務なんて大したことないので俺だけ行ってくると言ったんだがなんだかんだ文句を言いながら着いてきた。
任務をやりたいんだかやりたくないんだか。
「つか、これどうやって持って帰るんだ?」
「あー…レイシアもラグナロクもいねえもんな…。」
二人のどっちかがいれば担いでもらえばそれで済むが。今日みたいな大物を持ち帰るのは一苦労するもんだ。
「俺がなんとかしてやっか。」
「地脈操作 さんごーありゅー 土車 」
行きは俺の土車だったが帰りはROAが地脈操作で手段をつくる。
「コイツ用にでけえの拵えてやるかね。」
蜘蛛の足元から包み込むように規格外のサイズの荷車を創り上げる。
「おーやっぱでけえなお前の土車。」
「皮肉か?
ROAはそういうがサイズは当然武器になる。人によって同じ魔法でも多少質が変わったりするが彼女は大抵全ての
「つか…これ洞窟出られんのか?」
行きはよいよい、帰りは…。
苦難はまだまだ終わらない。
◆◇◆
「もーどったぞ!」
ROAの威勢の良い声が詰め所に響く。
「ああ、お前たちか。よくやったな。」
いつも通り、隊長は今日も書類の山に埋もれてる。いつも一体何を書いているのか俺にはよくわからない。
何度か山から紙を引っ張り出して中身を読んでみたがイマイチその重要性が理解できなかった。
やれ魔法及び能力の街中における使用規定の気が遠くなるような細やかな規則だったり、兎にも角にも複雑だった。
「なんか味気ねえっすよ姉さん。」
「だからその呼び方を…もういい。で?どうした。お前はそんなに戦闘狂だったか?クライム。」
「いやそう言う事じゃねえっすけど…なんつーかなあ…。色褪せた日常って言えば良いんすかね?」
「俺と過ごしても色褪せてるっていいてーのか?
やべえ、ROAの地雷を踏んでしまった。
「いやいや、俺の勘違いだった。もう色鮮やかで困るんだよ最近。お前がいないと物足りないっつーか…」
「うし、決めた。隊長、
「ほどほどにな、ROA。」
必死に逃げ出す俺の襟を引きずってズルズル、ズルズル。
その細い腕の何処に万力のごとき馬鹿力が宿っているのか。
ズルズル、地面を這いながらこれから起こるであろう地獄のことから必死に目を逸らすように。
其の日の夜はとても長かった、人間苦痛を感じている間は体感時間が長くなるというが、今日の折檻はいつにも増して酷かった。
◆◇◆
翌朝、
「うぅ…痛ぇ…。」
体が未だに恐怖の夜のダメージを引きずっている。ここ最近で一番ひどい目覚め方だ。
「くそ…。今日休もうかな、いいだろ今日ぐらい。」
ずる休みしたっていいくらいの働き方をしている気がする。
アイツらだってかなりの頻度でサボってんだ。俺にもその権利があったっていいはずだ。
「おい、クライム。」
脳内伝達、隊長の声がいつにも増して頭に響く。
「…なんすか?」
「昨日伝え忘れていたんだがな、今日は王城に向かってくれ。」
「…?なんかしましたっけ、俺。」
「別に叱責されるわけじゃない、ただ第一皇子ヴェイロン殿がオマエと折り入って話があるそうでな。」
第一皇子と俺に大した接点は無いはずだ。
そりゃあ隊長の付き人として顔を合わせたことはあるが面と向かって会話なんぞしたこともないしする資格もない。
「なーんか嫌な予感するんすけど。」
「的中してるだろうな、なにか面倒な事が起きなければいいが。」
粗相はするなよ、という忠告を最後に伝達は途切れる。
「粗相って…、まあしっかりやるとするか。」
痛む体を引きずりながら正装に着替えて鏡の前に立つ。
「うん、やっぱり俺は正常だ。」
◆◇◆
仰々しい城内の調度品やらなにやらに目をくれる暇もなく、第一皇子の用向きで呼ばれたと告げるとそのまま皇子の私室に通された。
「やあ、ジューダス・クライム君だね。」
爽やかさを身に纏ったかのような透き通った声、しかし皇子というだけあって覇気というか威厳のようなものを対峙して感じさせられる。
「失礼いたします。本日は私のような人間が第一皇子様に面会できる機会を…」
「ああ、結構。此処は私室だからね、そういった体裁のようなものも必要ないよ。」
「…左様でございますか。」
流石に体裁はいらないと言われても皇子の前では委縮する。そんな台詞自体もある種の恰好、のようなものだろう。
「さて、何から話したものかな。」
豪奢な窓からレイメイの城下町を眺める皇子が果たして俺に何の用があるというのだろう。
「うん、単刀直入に言ってしまおう。面倒はキライな
皇子は振り返り笑顔で告げる。
「
爽快な語り口とは裏腹にひどく劇的な重たい宣告だった。
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