第27話 土と共に歩く者クライム
「はあっ…はあっ…、クソ!!」
必死に逃げる、逃げて回る。地中からの魚の飛び掛かりに2体の獣の猛襲。加えて10の魔法陣による多角攻撃。
はっきり言って防ぎきれない。土壁ごときでどうこうできる範囲をとうに超えている。
「くっそ…。」
「ああ、はははは。わたsウチは、ゆるうるうるr」
狂気が俺の心を苛む。ただでさえキツイ戦局にこの狂気はかなり効く。
気を抜けばこちらも飲み込まれそうなほどに歪んだ調和。
「降参はできねえんだ、頼まれちまったし何より…お前を放っておいてやれねえ。」
確かに今降参を出したところで問題はない。
おそらく彼女は止まらないが負けを認めた時点で
だがそうじゃない。それじゃあとてもじゃないが格好がつかない。
「目の前の女一人救えねえような奴になるのは御免だ…!」
しょうもないといわれても仕方ない
たったそれだけで俺は体を突き動かしていた。
「…やるしかねえか。」
玖號のこともあってどうにか生きたまま救ってやりたいと思っていたが最早今の俺には不可能だろう。
だったらやるしかない。たとえ確実に彼女が死ぬとしても。
「生れ堕ちる前から罪を背負ったこの身為れども、今生の生に罪は無し。」
詠唱、俺に残されたもう一つ。
「哀れな人形に今ひと時の安らぎを。」
俺の肉体が聖なる光に包まれる。やさしく、あたたかい。まるで聖母に抱きかかえられているような。
「白の情」
俺諸共に闘技場に天から光が足を降ろす。
身も心も癒し、救い、慈愛に包む。天に昇るほど。己が生を諦めるほど。
音亡き輝きのなかで彼女の声は聞こえなかった。
◆◇◆
光は途絶え、闘技場は元の姿を取り戻す。
「はあ…はあ…。」
息が上がる、いつだってこの魔法を使った後は意識がとぶ。
ただそれでも今だけはまだ眠れない。彼女の最期を見届けなければ。
見送ってやらねばならない。
「…。」
3体の魔物は消失し、残されたメーミンは闘技場の中央で肉体の崩壊と再生を繰り返していた。
さらさらと、砂になっては再構成され、砂になり…。
そんな彼女の下へと俺はたしかに歩き始める。
牛歩のごとき歩みだろうとたどり着かないわけにはいかない。
約束したのだから。少ない正気で助けを請われたのだから。
長い長い時間をかけてようやく彼女の下へと到達する。
膝をつき、彼女の顔を寄せる。
「あ、りgとお。」
壊れた肉体でそれでも彼女は言葉を紡ぐ。
「いま、ならうち、おわれrんだ。」
崩れ落ち逝く左手で心臓を指す。
「おねが、い。」
「…。」
彼女の頼みは聞かねばならぬ。今正気を保っているのさえも奇跡に近いのだから。
「地脈操作 捌号 泥遊び 亜流
途切れそうな意識の中でそれでも彼女のために飛び切りの贈り物を形作る。
メーミンのように小さく、しかし芯のしっかりとした、折れない短刀。
どれ程の狂気の中でも確かに残された正気を示す意志の強さの象徴。
フッと、一息に。もう苦しまなくいいように。
「ありがとう。」
そんな言葉を聞いて。俺は意識を手放した。
初めて見せた心からの笑顔を視界に捉えながら。
◆◇◆
「よお、クライム。久しぶり。」
聖属性魔法を使った後に来る揺り返しのようなこの世界。
一面の白の中、たった二人が残される。
俺と、ハイザキの二人だけ。前世の罪人。俺の頭の中だけの誰か。
「…本当にくだらないな、俺も。お前も。」
「よくわかってんじゃねえかクライム。俺たちは似た者同士さ。結局な。」
ケラケラ、悪魔のように笑う彼は何を思ってこの場所にいるのだろうか。
「でもまあ、お前にしちゃ一番マシな使い方したんじゃねえの。」
「どこがだよ、たったひとりも救えやしない。」
「いーや救ったと思うがね、少なくとも俺はそう思うよ。」
「知ったことかよ。」
結局俺はメーミンを殺すことでしか救えなかった。どこかで生きたままでもどうにかできるとたかをくくっていた。
「殺すことは悪じゃねえ。」
「てめえの罪の言い訳か?ハイザキ。見苦しいにもほどがあるな。」
「んなこと誰も言ってねえだろ。あのまま生かしていたら大事なもん失ってたよ。お前はな。」
大事なもの、果たしてそんなもの俺に残っているのか。
「ま、てめえの罪悪感もそのうち無くなる。何時だってお前は正常だからな。」
「…。」
「ただそろそろお前は選ぶことになる。俺を棄てるか、或いは受け入れるのか。」
受け入れる、棄てる。そんなの決まっているような問答だが。
「そん時までは精々悩んでな。そして答えを間違えんなよ。大事なのは何なのか、しっかり考えとくんだな。」
それだけ言い残してまた俺の意識は遠のいていく。
いつだってこの世界の事は分からない。
彼が何者で
そして俺は何者なのか。
◆◇◆
「お、起きたァ?」
「…ここは?」
「クロノの宿、一泊してから馬車で帰るんだッてさ。」
そういうとネームレスは画材を仕舞う。
「皆は?つーかいまは夜か?」
「そろそろ寝ようかってぐらいの時間だよ。皆は思い思いに過ごしてるよ。酒飲んでたり、部屋にこもッてたり。」
酒飲んでるのは十中八九ラグナロクだろう。
「んで、お前は俺を描いてたってのか。」
「ホントはアイビーを描きたかったんだけど…忙しいみたいでサ、キミで妥協したんだ。」
妥協って…。まあいい。
「あの後どうなった?」
「あの後?」
「俺が寝た後だよ。」
「んー…。大していう事は無いよ。4勝1敗でボクらの勝ちで決着。まァ流石にあの雰囲気の中だからちょっとしんみりしてたけどね、皆。」
特につつがなく、といった所だろうか。どのみち俺が勝とうが負けようがどうでもいいと言えばそれまでだが。
「あァでも、マンフレッドの4人からは感謝されたよ。隊長を助けてくれてありがとうッて。」
「…そうか。」
「それと、はいこれ、ランスロットから。」
そういうとネームレスは紙切れを手渡してくる。そこには宿と部屋の名前が書かれていた。
「いつでもいいから起きたら渡してくれって、話したいことがあるんだッてさ。」
それじゃ、そう言い残すとやるべきことは終えたと言わんばかりにそそくさと部屋を出ていくネームレス。
「…いかねえ理由もねえか。」
のそのそとベッドから這い出て彼の待つ宿へと向かった。
◆◇◆
コンコン、と記された部屋をノックすると夜遅いにもかかわらず笑顔でランスロットは迎え入れてくれた。
「悪いね、疲れてるんだろ?」
「いや、大丈夫だ。それで?話ってのはなんだ。」
「大したことじゃないんだけどね。」
部屋の中で彼は紅茶を注ぐ。
「まずは改めて感謝を、ありがとう。隊長を救ってくれて。」
「あんな救い方しかできなかったがな。」
「いや、最善だよ。本当にね。」
そういうと彼は続けて語りだす。
「隊長は元は口は悪いけど…仲間想いな…。そんな人だった。」
「…。」
口は挟まない。必要もない。
「でも隊が結成して日の浅いある日、俺たちはヘマをした。詳細は省くがね、それで隊長は責任を取らされた。」
後悔が彼の顔を覆っていく。
「その時止めるべきだったんだ。でも隊長は受け入れた。不甲斐ない結果を二度と残すことの無いようにと、祝福を与えられた。」
眼を閉じそして息を入れて言葉を零す。
「与えられて、与えられて、そうして隊長は捻じ曲がった。曲がって、曲がって
彼の顔は俯いて俺には見えなくなっていた。見る勇気も俺には無かった。
「もうどうしようもなかったんだ、一人の人間が許容できる限界を超え過ぎてた。だから…嬉しかったんだよ。もう隊長の苦しむ顔は見たくなかったんだ、皆。」
涙をこぼす彼を俺はいつまでも見守っていた。
いつまでも、いつまでも。
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