第23話 全属性術者ROA

 世界で一番優しい歌が終わるころにはネームレスは立ち上がって拍手をしていた。


 会場全体が大喝采の嵐だ。


「決着ううううう!!!!芸術対決ともいってもいい第2回戦を制したのはアイビーだああああ!!!!!」


 司会のラスカルの声に合わせて彼女を讃える声が会場を埋め尽くす。


「はあ…本当に無粋ですわねこの場所は。まあいいでしょう、貴方いつか私の演奏を聴きに来なさい。その時には今以上の曲を聴かせてあげます。」


「是非そォさせてもらうよ、君を題材モデルにした画も描きたいからね。」


 互いに笑顔で終わったこの試合は果たして誰が予想できただろうか。


 だがこんな決着があってもいいと、俺個人としてはそう思った。


 やがてこちらに戻ってきた彼を迎える。


「ネームレスにしちゃ珍しい結末だな。大体ひっでえ画を描くのがお前のいつものスタンスの癖によ。」


「うるさいなァ、いい気分なんだから黙っててよROA。」


「はあ…お前ときたら。」


 頭を抱える隊長の気持ちもわからんでもない。国を背負っている戦いでこんな風に降参をされたのでは後の処理に困るってものだろう。


「大丈夫だッて、ROAとレイシアとクライムでしょ?。」


「当然だ、ROAはどうか知らないが。」


「んだと、武器女!!」


「仲が良いのは良いことだ、ほれ。ネームレスも儂の酒を…」


 おっさん自分の番が終わったとはいえもう酒飲んでんのはどうなんだ…。


「次はROAだろ、行って来いよ。」


「わかってるって共犯者あいぼう。ま、一瞬で終わせりゃあ誰も文句ねえだろ。」


 杖をぶんぶん振り回しながら客席から離れて闘技場に向かう彼女は勝てるのだろうか。


 などと少しの心配をする必要


「まあ、ROAなら大丈夫だろ。アイツだし。」


 ある種彼女に関しては最も信頼していいと言えるかもしれない。こと戦いにおいて全く手を抜かない彼女はおそらく圧勝するだろう。


「さあ!第3回戦始まるぜ?トイレは行ったか!?いってねえ奴は漏らしちまいな!!」


 ラスカルが都合3度目の宣言を始める。


「第3回戦!!全属性術者スペルマスターROA VS 二番煎じコピーライトブラックファング!!!」


 今日で何度目かの光景、大闘技場に両者が並び立ち気を伺うこの瞬間、観客も含め全員に緊張が走っていた。


◆◇◆


「ふふ…アンタだけだ。アンタだけが未知数だったんだ。」


 ローブに身を包んだブラックファングは不敵に笑う、まるで自分こそがROAの相手をするにふさわしいと言わんばかりに。


「俺はマンフレッドの中でも一番…―」






Bangバン!」






 直撃、としか表現できないほどの一瞬の出来事。ROAの杖から放たれた桃色の雷光が彼の体を貫いたことは理解できたが。


「あ?なにを…。」


「じゃあ、さっさと終わらせるか。?」


 意味の分からない問答、ナニカに体を貫かれた彼の体に傷がないこともそうだが…。



「お、俺は…。」



 驚愕し、見開いた眼でつぶやく。







…。ブラックファングはこの戦いで…。」







「はあ?」





 誰の声だったろうか、いや、或いはROA以外の全員の声が重なっていたかもしれない。


 誰もが理解を放棄する中、一流の仕事人は職務を放棄することは無かった。


「け、決着!?しょ、勝者は全属性術者スペルマスターROAだあああ!!!!!!」


 会場にどよめきが走る中、ROAが何でもないようにパチリと指を鳴らすとブラックファングは捲し立てる。


「ふ、ふざけるな!!!こんな…こんなことが!!」


「ったく、どいつもこいつもうるっせえよなあ?」


 彼の慟哭を遮るような彼女の声にどよめきは小さくなっていく。


「降参アリとはいえ一応命かけて戦ってんだぜ?それにしちゃあ警戒心が緩すぎるよな、どいつもコイツも。おしゃべりが過ぎるってもんだ。」


 杖をゆらゆら揺らしながらやれやれといった表情で語る彼女。


「ラグナロクもネームレスもんだよ、ご高説垂れてる間に一発かませばそれでしまいだろ?」


「なにを…何をしたんだ!俺に!」


 彼の問いは最もだ。未だ理解できていないものが多いだろう。


「何って…だよ、口限定のな。勝利条件には降参だってあるんだ。敵がどれくらいの耐性レジストを持ってるのか知らねえからで儀式を終わらせといたんだよ、体の一部分限定で縛りを設けてな。」


「そんな終わり方が許されるとでも…」




。」




 ROAの冷たい声が彼を制す。




「気を緩めて喋ったのがだろ、んで催眠魔法を食らったのがだろ、そんで敗北したのがだろうが。ガタガタ抜かしてんじゃねえよ負け犬が。」




 たったそれだけ言いのけると踵を返してこちらに帰ってくるROA。


 徹底的なまでの。勝負という事に関して最もシビアな価値観を備えた彼女に隙は無い。


 なんとも呆気ない終わり方だがこれもまた…







 ガキン!!となにかがぶつかり合う音、音の正体はROAの魔導障壁マジックバリア黒の牙ブラックファング


 ある意味最も気の緩むであろう勝負後を狙ったまさしく卑劣な一手。




「そ、そんな…。」




 ただそれですらも通用しない、彼女には無い。


「場外乱闘ね、戦いは終わったはずなんじゃねえのか?まあいいぜ、やってやるよの方が得意だしな。」


 くるりと振り返ると獰猛な笑みを浮かべた彼女は魔法を唱える。



「炎獄の鎖、白水牢ウォータージェイル、奴隷の風刃、サンダークラック、悪意の庭、地脈操作 拾号 泥人形マッドパペット



 ブラックファングは炎と水に拘束され、様々な殺意が魔法陣から覗いている。まだ撃ってはいないがすべては彼女の


 およそ凡人には叶わない、全ての属性を使役するが故の全属性術者スペルマスター


「あ、あぁ…。」


 圧倒的なまでの完敗、さっきのどこか不意打ち染みた決着ではない。


 なんなら勝負に先手を打った卑怯な手ブラックファングですら通用しなかったほどの差。


「こ、降参する!!降参するから!だから、だからどうか命だけは!!」


「やっと納得したか?俺とお前じゃ勝負にならねえんだよ。」


 ニヤリと笑って翻る彼女と同時に全ての魔法陣は消失し、ドサリと彼の崩れ落ちる音が響く。


 もう誰も疑う者はいないだろう、折れた牙が、立ち上がれぬから。


 ◆◇◆


「お前ってやつは…。」


「なんだよ共犯者あいぼう。お前も俺に文句あんのかよ。」


「いや、お前らしいと思ってな。」


 いつものような完全主義。面倒事をすっ飛ばして必要な物だけを手に入れる彼女の姿勢は見惚れるほどに美しい。


「次は武器女レイシアか、お前もコイツらと一緒であまっちょろいからな…。」


「わかってるとも、お前に心配される筋合いは無いさ、ROA。」


 不敵に笑うと彼女は闘技場の方へと向かっていく。


 レイシアもおそらくされているだろうが果たして大丈夫だろうか。


 戦いの場に向かってくるレイシアの相手はどうやら最初に話しかけてきたな騎士団風の男だった。


「いやすまないね、お嬢さん。さっきはウチの馬鹿が粗相をして。」


「問題ないさ。ROAもどこか楽しそうだったしな。」


「そいつはどうも、ああ、安心してよ。俺は彼とは違って。」


 過剰な振る舞いで話す彼だが成程、確かに隙は無い。


 自分でいうだけはあるという事だろうか。


「さあ!お前ら!!あっという間に4回戦だが賭けの調子はどうだ!?ちなみに俺は結構やべえ!!」


 司会の癖に賭けてんのかよ。


「お前らも自分のチップに祈ってな!!そんじゃあそろそろ始めよう!」




「第4回戦!武器狂いウェポンフィリアレイシアVS愛に生きるやさしさのランスロット!!!!」


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