第20話 凶信者ラグナロク

神からの脱却アンチヒール、のお…。つまり傷が癒えなくなるような能力とみてよさそうか。」


「それはてめえの体で確かめてみなッ!!!」


 爆速、目にも止まらぬ速度でまたも突撃したジゼルの拳がラグナロクを捉える。


 人体を殴った時とはとても思えぬような音が会場に響き、いかにも男らしい殴り合いの戦いに会場も熱気を増す。


「ハハッ!!今のは!!!」


 ジゼルの強烈な右ストレートがラグナロクを吹っ飛ばす。


「回復術―全身治療フルヒール― …やはり使えぬらしい。」


 …さすがのラグナロクも相手が悪いだろうか。おっさんの戦い方は自己治療と膂力にものを言わせた圧殺にこそ妙がある。


「理解ったか?俺はアンタの天敵だ。そして…」


 こともあろうにジゼルはラグナロクと同じようにと、


「簒奪能力 ―全身治療フルヒール― 悪いな、奪えるんだ。回復術者は何人殺したか覚えてねえが。」


 ケラケラと笑う彼に倫理を問うのは非常識ナンセンスだ。俺達だってやってきたことは変わらない。それを楽しもうが気に病もうが人の自由。


「全く…その若さでここまで堕ちたのか、救いきれんな。」


「結構、結構。でもアンタはまず自分の心配した方がいいんじゃねえか?」


 またもジゼルは構えを変える。あの魔法陣は確か…


「簒奪能力―筋力増加・身体硬質化― こっから先は殺す気でいく。残す言葉はあるか?」


 補助魔法まで使えるのか、いやああいう手合いは殺した相手なんて100はくだらないはずだ。もう全ての魔法や特殊な能力まで使いきれると考えてもいいかもしれない。




「大抵の場合、力を手にした若者はその多くが力に溺れる。何故かわかるかね?」




「それがアンタの最後の言葉っつーことで、じゃあ死ねや!!!!!」


 補助魔法も加わった人体の限界ギリギリの速度。思い切り殴り抜けたジゼルの右腕は


 ラグナロクに


「は…?」


「答えは簡単だ、そこで成長を止めてしまうからだ。」


 ラグナロクはジゼルの腕を掴んだままゆっくりと足を上げるとで蹴り飛ばす。


「ガハッ…」


 土煙を上げながら地面を転がりいつかのラグナロクのように闘技場の壁に激突する。


「鍛錬を怠らなければ当然大成もしようが…お前のように力に溺れてしまった者の末路は虚しいものよ。」


「ゲホッ…ゴホッ…。」


 簒奪者はまだ立ち上がれない。奪い、殺し続けた男は地を這いつくばる事しかできない。


「補助魔法がいい例だ。何ゆえに補助と名がつくか。それは鍛えることを諦めたものが使うが故の補助だろう?」


 人体には限界がある、鍛え上げれば当然にそこに近づくが高みに登れば上るほど、一歩一歩が遅くなる。まして人体ギリギリの膂力など補助魔法なしにたどり着くものではない。


 この視点の違いにラグナロクのいう人間の異常性が見え隠れする。


 人にできぬことは無い。人間の可能性を信じすぎているが故の凶信者ツェペラウス


 自分に可能なことが他者にできないはずはないの究極系。


「アァッ…クソ、簒奪能力―全身治療フルヒール― …仕切り直しだクソ!」


 どうにかこうにか構えをとって祈りを作るジゼルの姿はどこか痛々しいものがあった。まるで子供が必死に願っているようなそんな様。


「回復術が使えない、なるほど儂に有利なんだろうよ。それで??」


「チッ…簒奪能力―猛毒付与どくのこぶし未来視カンニング―」


 もう何度目かも忘れたさらなる能力追加、客観的に見ればジゼルの方が有利なのだろう、だが会場にいる多くの者はそう思っているだろうか?


「小細工に次ぐ小細工。仕方あるまい、先を生きるものが後進に手本を見せるは必定よな。」


「ッせええんだよ!!さっきから俺の上から物言いやがって!!」


 突撃、両者がぶつかり合い男同士の殴り合いが再開される。


 拳と拳が互いの肉体にぶち込まれるがどれほど殴られようともラグナロクの歩みが止まらない。


 闘技場の中央からついには壁際、血に塗れながら拳を振るうラグナロクのほうが余程殺人鬼の様相を呈していた。


「っと、ここまでかの。」


 ラグナロクの傷も大したものだが床に倒れ伏すジゼルの方が重症なのは誰が見ても明らかだ。勝負は決着、といいたいが…。


「ア…、ウゥ…。」


 もう碌に言葉も話せやしない。そんな彼の敗北は見ての通りだがルールがある。


 誰も倒れ伏ノックアウトしたから決着なんて


 


 尤も彼が降参という言葉を発することすら不可能なほどに


「これ以上殴れば死んでしまうだろうが、残念ながら儂は戒律で殺しを禁じておる、ゆえに…。」




 今日で何度目かのその仕草、両の掌を合わせて届かなくなったはずの祈りを始める。




「回復術―全身治療フルヒール―」




 神に届かぬ祈りは狂人の戯言でしかない、現にラグナロクの体の傷に変化はない、




「あ…。なんで…?」




 神の祈りはジゼルに届く、それが彼にとっての不幸だとしても。神は平等なのだから。


 彼の簒奪した能力はあくまでラグナロクに与えた傷が治らない能力。まあ、相手を治療するなんて基本的に想定するわけもない。


「第2Rラウンドといこうか若人よ。古来より、躾は子供が泣くまでと相場が決まっていよう?」


 実際にそうかどうかは関係ない、この場においては彼こそが神にも等しい支配権を持つ。彼が放つ言葉が絶対だ。


 たった一人の宗派ラグナロク教、曰くその神の名は


 常識人ぶろうがその凶気は隠せない。


「舐めてんじゃ…。」


 万全の肉体で立ち上がったジゼルが殴りかかるが


 幾ら肉体が完治しようとも一度敗北したという意識は拭えない。心が怖気おぞけて立ち向かう足が震えている。


 心技体、心を失うことは戦いにおいて致命的だ。


 すぐに迎えた第Rラウンド目、奪う側だった男は降参ギブアップを認めた。


 代表選第一回戦、凶信者ツェペラウスVS簒奪者マーダーの信者の勝利で幕を閉じた。


 ◆◇◆


「決着ぅううううう!!!!第一回戦の勝者は―」


 ラスカルの宣言を余所に戻ってきたラグナロクに声をかける。


「いやー久しぶりに見たよおっさんの説教。あんたあんまり戦わねえし。」


「フフ、久しぶりに気合が入ったわい。中々骨のある若者ではあったがな。」


「アンタの戦いは長すぎるんだよラグナロク。退屈過ぎて途中で寝そうになったぜ。」


 あれだけの殴り合いを見て寝そうになるって、ROAは心底魔法以外のことに興味がないらしい。


「っていうか次はボクの番でしょ?はあ…めんどくさいなァ。」


「マジでそのマイペースな所は尊敬するよ。」


 この男に緊張という概念は存在しないのだろう。


 頭をガリガリ掻きながらいかにもだるそうに観客席を降りて闘技場へと向かっていくネームレス。


「第一回戦が終わってすぐだが時間がねえ!!すーぐに第二回戦開幕だあああ!!」


 ラスカルは相も変わらず観客を沸き立てる。


「さっきは男同士の熱いファイトが魅力だったが今回はどうなるだろうな!?それじゃあ選手入場だ!!!」


 大筆を片手に担いでゆっくりと歩くネームレス。その対面、つまりは対戦相手はなんと令嬢のようなドレスを身にまとっていた。


「第二回戦!無銘の画家うばわれたネームレスVS知られ過ぎたノトーリアスアイビー!!!!」


 興奮冷めやらぬ中、第二回戦が開幕、勝負の行方はまだわからない。

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