第15話 画が見えずとも
「へえ…。ネームレスの護衛?そうね!彼には必要でしょうね。」
執事からの紹介に納得したらしいシャミアお嬢様は笑顔を見せる。
「どうもお嬢様、今日はよろしくお願いします。」
成程目に問題があるのだろうシャミアお嬢様には俺たちを案内してくれた執事とは別に傍仕えのメイドが2人付いている。
「今日はとても楽しみにしてたのよ!ネームレス。一杯お話を聞かせてね。」
「慌てなくッても時間はあるよ、シャミア。」
いつになく優しい声で語り掛けるネームレスの表情はとても柔らかなものだった。
◆◇◆
昼食の内容については割愛しよう、といっても大したことはなかったから、の一言に尽きる。
勿論出てくる食事はどれも一級品ではあったし、会話も弾んだ。面白かったのはネームレスにしては珍しく会話の主導権をとっていたことだろうか。
会話どころか会釈すらややめんどくさがるアイツとは思えない一面だった。
そして今、俺は一人で客室で紅茶を頂いている。正確には執事が控えてはいるが。
なんでもシャミア嬢に画を魅せてやるらしい。大方、昼食というよりはこっちの予定がメインだったのだろう。
俺も魅せる場に同伴しても良かったが折角なので2人だけにしておいた。
「それにしてもおいしいですね。こんな茶は初めてですよ。」
「ありがとうございます。」
深々と礼をする仕草すら様になるあたり、この執事も一流なのだと感じさせられる。
「しかし…ネームレス様には感謝してもしきれないのです。」
頭を上げた彼が続ける。
「クライム様はネームレス様とお嬢様の関係については御存じですか?」
「いえ…彼の画を買っているお得意様の一人、としか。是非聞きたいですね。彼の事も含めて。」
「そうですか、では少しだけ昔話を。」
執事は続ける。
「シャミア嬢様は見ての通り生まれながら目が不自由なのです。」
「…そうなんでしょうね。」
包帯や食事の手伝いのためのメイドが付いていることを見れば疑いようもない。
「お嬢様のお心は察するに余りありましょう。物心つくころにはどこか達観しておられるような、そんな子に育っておられました。」
「なるほど。」
「そんな折、当主である旦那様がパーティを主催した際、ネームレス様にもお声がかかったのです。」
元々顧客はお嬢様ってよりは当主様だったわけか、当然だ。目の見えないお嬢様が画を買うなんてことは普通あり得ない。
となれば何か別の意図が無ければ或いは恩が無ければ買うなんて発想にはならない。
「もう、大方想像は付いておられるでしょう。ネームレス様はその場でお嬢様に画を魅せたのです。飛び切りの魔法を。」
ネームレスの能力は画にまつわるものが多い。前日のダンジョン攻略で見せたような現実世界に色を落として画を描くようなものから、対象の心に直接訴えかけるような画まで。
「正確にはお嬢様だけでなくその場にいた全員にですが。魔法というのはこのようなこともできるのかと、私も驚愕しました。」
ああ、絵画世界を魅せたのか。
詳しい説明は俺にもよくわかってないがネームレスの心が見せる技、心で見る技つまりは現実の肉体に左右されないのが強みでもある。
いつかの天使の様な無機物には効果が無いのが弱点だが。
「それ以来、お嬢様はいたくネームレス様を気に入られましてね。こうして定期的に食事にお呼びしては彼に画を描いてもらうのです。美しい世界を。」
アイツにしては珍しいことだと思っていたがこういう事情があったわけだ。
そりゃお嬢様も気に入るよな。初めて見ることのできた色だ。真っ暗な世界から初めて目にした世界だ。その衝撃はどれくらいのモノなのだろうか。
「お嬢様もネームレス様に会う時だけは年頃の少女のようにはしゃいでおられましてね。旦那様もお嬢様の様子にそれはもう喜ばれました、今では皆、彼の画に魅せられたファンなのです。」
「はは成程、彼にそんな一面があったとは。」
自堕落でどこか抜けているようなアイツだってこうして誰かを救ったりしているわけだ。
人は見かけによらないなんてよく言うが身をもって実感すると、感慨深いものがある。
ガチャリと、客室の扉が開いてネームレスたちが戻ってくる。
「今日の美術館ネームレスは閉館の時間ってね、そろそろお開きだからさ、準備してよ。クライム。」
「もういいのか?」
「僕の能力にも限界はあるからね。こればッかりは仕方ない。」
隣に立っているシャミア嬢の顔は今にも泣きだしそうだ。
「また呼んでくれれば行くからさ、そんな顔しないでよ。可愛い顔が台無しだよ。」
「また来てくれる?」
「モチロン。」
「絶対だよ!絶対!」
「分かッてるッて。」
そういいながら彼女の頭を撫でてやるネームレスと共に俺たちは屋敷を後にした。
俺はともかくコイツはまたすぐ行くことになるだろうな、あの様子じゃあ。まんざらでもなさそうだし。
そして帰りの馬車の中。
「いやァ疲れたよ、あの技結構負担が大きいからさ。何度も何度も使えないんだよねェ。」
「何度も使えたら話してくれなさそうだけどなあの娘。」
「それは困るね、画が描けないし。」
らしくないことをしているという自覚はあるのだろう、ネームレスやや気恥ずかしそうに笑っている。
ガラガラと馬車の車輪が回る音が響く。
「んーでも今日はさっさと帰って画をかきたいかなァ。」
「どんな画描くのか決めてんのか?」
「大体はね、構図とかまだ決めかねてる感じだけどさ。」
それなりに日も傾いているがまだまだ画を描こうとしているあたり、本気で好きなんだろうな。俺にはあったっけ、そんな趣味。
「すげえよな、俺もそれだけ本気で向き合えるようなナニカが欲しいよ。」
「別にクライムが本気で生きてないとは思わないけど。」
「いや、なんつーかなあ…。」
本気で生きるって何なんだろうな。
「僕にとっての画って趣味というより生きがいみたいなものだからなァ、向き合わざるを得なかったともいえるしね。」
「うーん…。」
「それに僕だって君に救われなくっちゃ生きてないだろうし。もっと誇っていいと思うよ?自分の事。」
結局はそういう事だ、日常的に任務で人を救っているとはいえどこか任務だからやっている感覚。
俺個人の意思で人を本気で支えようと思ったことが無いが故のこの寂しさなのだろう。だから自分をどこかで認められない。
どうして俺は特殊部隊に入ったんだっけ。
「そういやネームレス、これから描く画の題名は決まってんのか?」
話題を変える。そうでないと押しつぶされそうだから。
「ああ、それはもう決まってるんだ。」
「題名は―微笑む少女―」
画を見ずともその情景は浮かんでくる。
真の芸術とは心で魅せる物なんだろう。
つくづく、そう思った。
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