第13話 飯、ラグナロク

 3日後、それが隊長の言っていた代表戦の日付だった。


 隊長が言うにはそれまでは好きに過ごして構わないとのこと、S級任務が来たらさすがに対応せざるを得ないが。


「好きに過ごしていい、ねえ。なーにするかなあ…。」


 詰め所をでてアテもなくふらふら、ふらふら、やる事が急になくなると人間意外と困るもんだ。


 唐突な自由は案外不自由とも変わらないのかもな。


 いよいよもってもない哲学的なことまで考えだす始末。


「まずは飯でも食うか…。」


 昼飯にしてはまだ早いが腹が減ってないわけじゃない。今日の予定を考えるついでに腹を満たせば丁度いいか。


 そんな事を思いながら俺はいつも通う所へと足をはこんでいた。 


 ◆◇◆


「おう!いらっしゃい!クライムか、今日は早いな。」


「どーも、おっちゃん。いつもの定食で頼むよ。」


「あいよ。」


 昼飯時でもないので店内はやや空いている。日によっては満席になるので並ばなくてはならないがさすがに今はどこでも座れる。


「しっかし、聞いたぜ?クライム。さいきんドラゴン倒したんだろ?」


「ドラゴン?あー…レイシアと倒したやつね、すんげえでかかったよ。おっちゃんも好きだよな、ドラゴン。」


「おうよ!男ならドラゴンはみんな好きだろ?ま、危害を加えられた経験が無ければ、だがな。」


 厨房で肉と野菜を炒めながら楽しそうにはなす店主のおっさん。


「実際戦うとよ、咆哮で耳が痛いわブレスがどうだの、考えることも多いしメンドクセー事が多いんだよな。食うと美味いってのは唯一褒めたいポイントだな。」


 とはいえ竜肉は高級料理。そうそう食えたものではないが。


「そういやクライム、今日は連れはいないのか?」


「ん?あー…レイシアとかな、今日は誰とも会ってねえからよ。一人で飯食うのも悪くねえだろってな。」


 別に毎日誰かと飯を食ってるわけじゃねえが一人で食いたいときもあるよな。


「ほお、友達多そうな割に意外な事言うじゃねえか。」


「別にそんな友達も多くねえよ、忙しいからな。知り合いは多いがね。」


 とか何とか言ってると定食が完成、早速俺は手を合わせる。


「うまそうじゃん、じゃ、いただきまーす。」


 爆豚インパクトンの野菜炒め定食が俺のお気に入り。


「やっぱウマいな。俺も飯が作れりゃなあ…。」


「嫁を取る気はないのか?」


「嫁?うーん…女の事仲良くなってもなあ…。なんかうまくいかねえつーか、大体仕事の都合で休みも碌にとれねえしな。難しいね。」


 別に結婚したくないわけじゃないが面倒だろうとも思う。本気出してないなんて言い訳をし始めたらいよいよ俺も終わりだろうが。


 一心不乱に定食を食べ続け、気が付いた時には皿の上の料理は無くなっていた。思った以上に腹が減ってたらしい。


「ごちそーさん。おいしかったよ、はいお勘定。この間のツケの分も合わせてな。」


 銀貨を払って席を立つ。


「あ、いっけねえ。この後の予定考えるの忘れてた…。なあおっちゃん、なんかこの街で変わったこととか新しい事とかおきてねえの?」


「ん?そうだなあ、新しい魔法の開発もここ最近は進んでないって聞くしなあ…。」


 魔法国家レイメイはその名の通り魔法開発において他国を凌駕している。


 やろうと思えば夜中ですら真昼のごとく明るいランプだのなんだのと色々造れるらしいが実用的なコストでないので造らない、いつか解決策が生まれるまでの産物だ。


「そんなに新しいことが起きてたら人生退屈しないよな。」


 ガラガラと店の戸を開けて外に出る。今が丁度昼時のようで街の中央区であるここはかなり賑わい始める。


「ん…?」


 眼を回すような人ごみの中、一際目立つ上背と部隊服、そして


「よおレイシア。3日後まで休みだってのに見回りか?」


「む、クライムか。別に見回りをしているわけではないが、そうだなちょっと付き合え。」


 そう言うと脇目もふらずにずんずんと先に進んでいこうとする。


「あー悪いな。飯の誘いならキャンセルだ。ついさっき食ったばっかりでね。」


「別に食事の誘いではない、ただ…私だけでは面倒な事もある。」


「なんだそりゃ?」


 武人みたいな生き方してるんだしそりゃあ娯楽だなんだといったことには疎かろうが…。


「レイシアが苦手な事とかあんのか?」


「何年の付き合いだと思ってる、できないことなど幾らでもあるさ。」


 隊に入ってから5年。散々コイツらと過ごしてきたがレイシアにできないことなど無いというのが俺の持論だ。


 大抵こういう真面目人間は料理ができないみたいな可愛いところがあっていいと思うがソレすら無い。


 完璧をそのまま人間にしたような奴だ。


「これからの所に行くのでな。その話し相手をやってもらおうというわけだ。」


「ごめん!レイシア、俺大事な用事あるの思い出したわ!!悪いけどそれ一人で言ってくれね?そんじゃ!」


 一目散に逃げ去ろうとする俺の方をしなやかな細腕からくる剛力がガッシリと掴む。


「そんなに嬉しそうな顔をしてどうした?私との逢引きがそんなに楽しみか?」


「あのおっさん説教がすぎるんだよ!つかラグナロクに会いに行くなら逢引きじゃねーだろ!!」


 抵抗もむなしくざわめく街並みを周囲の冷ややかな視線と共にずるずる引きずられるのが今日の一番のハイライトになってしまった。


 ◆◇◆


「邪魔するぞ、ラグナロク。」


「おお、レイシアじゃないか!それと…小僧っこもいるのか。」


「俺は別に小僧って年じゃねえよ…。」


 街の外れ、荒れた聖域に一人住むのがこの男、ラグナロクだ。


 と呼ばれる装束を皆纏ったこの40歳ほどの男がハウンド最後のメンバーであり唯一の回復術者に当たる。


 回復術使い、と言えばイメージとして神職者の華奢な姿を想像するだろうがコイツは違う。


 袈裟からあふれんばかりのにスキンヘッド。華奢という言葉の対局とでも言えば良いか。とにかく暑苦しいのがこのオッサンだった。


「貴様の事だ、どうせミハイル隊長の念話も切断していたのだろう?」


「ん?そうだなあなんともあの声は頭に響くでな。」


 そういいながらぐびぐびとを一気にあおるラグナロク。


 そうコイツは回復術者であるが故に、その実暮らしぶりはダメなおっさんそのものなのだ。


「いつも思うんだが神に仕える回復術者がそれでいいのかねえ…。」


「何度も言うとろうが小僧。儂は一度たりとて戒律を破ってはおらんと。」


 回復術者はそれぞれ神に祈りを立てて術を使う。そのため戒律を破ると神から見放され回復術は使えなくなる。


「信徒一人のなんて抜け道中の抜け道だろ。」


 ただしこのオッサンだけは別、仕える神は自分自身。戒律だってラグナロクに最も都合がいいようになっている。


「抜け道だとうと道は道よ、小僧。もう少し世俗から離れて自分と向き合うべきだな。」


「アンタは世俗をもう少し意識した方がいい…。」


 自由、その一言に尽きる。神に仕える多くの人間がこのオッサンを認めないだろうが…ま、オッサンからしてもを認めはしないんだろう。


「それで?要件はなんだ、レイシア。何か用があるのだろう?」


「ああ、念話を切っているお前には直接伝えねばならんからな、3日後が決まった。レイメイとグレイディでだ。代表は特殊部隊ウチの5人というわけでな。」


 SSS級が一人で街や国を簡単に破壊できる都合、国同士の戦争はどちらが戦力を持っているかに起因する。


「ほお、成程のう。なら答えは一つだな。」


 ラグナロクは特に困ることもなく続けざまに答えを告げる。





「パス、不参加だ。」





 筋肉質な坊主が快活に笑った。

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