第11話 俺と前世の彼、戻ってきた日常

「おい」


 なんだろうか、俺を呼ぶ声が聞こえる。


「おいって、おきろよ。」


 眼を開けるとそこには際限のない白。


 現実に際限ない景色など存在しないが確かに目の前には無限の白があった。


 そして白の中に2つの影。


「ようやくお目覚めか、随分と気楽なもんだ。」


 俺の前に座っているのはある意味最もよく知っている人物。


「ひさしぶりだな、クライム。逢いたかっただろ?俺に。」


 クライム・ジューダスとしての生を受ける前、俺を苛む根源である前世の人間


 ハイザキ・トウヤが俺に語り掛けていた。


 ◆◇◆


 この状況から言って眠る俺の精神の中での出来事と考えていいんだろうか。


「逢いたかった?笑わせるなよ。お前のせいで俺の人生は変わったんだ。」


「そうだろうな、に傾いた。」


「ほざけクズが。」


 大量殺人鬼、無差別殺人鬼、人の皮をかぶる事すらしなかった悪魔。


「しかし傑作だったよクライム、前世の罪オレのことはいざ知らず、まさか今生の生オマエのじんせいに罪が無いなんて最高の冗句だ。」


「実際ないのが現実だ。魔法アレが発動できる以上、俺は罪を犯してない。」


 土属性とは異なる属性の魔法、生まれながらに持ち合わせたの特徴は罪人には扱えないというだけだ。


 生き方を強要するだけあってその性能は高い。


「ハッ、ホントにお前自身そう思ってんのか?もしそうなら救えないが。」


 けらけら笑っていながらトウヤの顔は笑っていない。嗤えない。


「…何が言いたい。」


「俺にはどうにも聖魔法アレが上等なもんには思えないがね。無論お前の本性も。」


「言いたいことはそれだけか?人を殺すことしか生きがいを感じられないような輩からご高説を頂けるとは人生捨てたもんじゃないな。」


 クズ中のクズの癖してガヤガヤと喧しい。


「俺はお前に友達になってやろうと思ってんのさクライム、折角俺の記憶を継いでんだからな。」


「捨てられる物なら捨ててやりたいよこんな記憶は。」


 年若くして人を殺す記憶を植え付けられることが、どれ程人を屈折させるか考えたこともないだろう。


「別に俺が与えたわけじゃないがね。」


 せせら笑うトウヤは何が楽しいのかニヤニヤしながら続ける。


「俺から言えるのは何をしようがを見失わないことだぜ。人を数え切れぬほど殺そうが人を数え切れぬほど救おうが、てめえの大事なもん見失ったらオシマイさ。」


 今までのからかうような話とは異なる正面から俺を見据えた言葉。


「…うるせえな、俺が大事なものを見失ってるとでも?」


「それは今後のお前次第だ。精々うまくやんなよ、俺とは違う人生を歩いてんだからな。」


 この言葉を皮切りに、また俺の意識は無限の白から暗闇へと溶けていった。


 ◆◇◆


「ん…。」


 ようやくキチンと目が覚める。


「ここは…。」


 体が痛む。戦闘による傷というよりは長い事不自然な格好で眠ったことによる癖のような…。


「起きたか、クライム。」


 ゆらゆら揺れる中でレイシアの声が聞こえる。


「おはよォ、よく眠れた?」


 反対にはネームレス。起き上がって周りを見渡すと狭い部屋…、というよりここは馬車の中か。


「成程、街に帰る途中か。どんくらい寝てたよ。」


「大体半日といった所だな。」


「そうかよ。」


 俺たちを襲ってきた10人組の殺し屋集団。アレの存在やダンジョンの事を考えると…。


「安心してよ、この馬車はグレイディのモノじゃないからさァ。」


「だろうな。というよりあの国が俺たちをのこのこレイメイに帰すとも思えんが…。」


 宣戦布告、なんだろう。グレイディからレイメイへの。


私達ハウンドを削れば勝算があると思っていたんだろうさ。しかしあの国はこれからどうするつもりなんだろうな。半分の私達ハウンドですら逃がした彼らにレイメイと戦争できるとは思えないが。」


 レイシアのいう事は尤もだ。


「俺ら3人を殺せばあとは何とかなる、そう思ってたんだろうよ。というよりそこをクリアして勝算が無いならそもそも俺たちを殺して戦争を吹っ掛けることに意味がない。」


 闇討ちで戦力を削れば残りの2人のメンバーは正面からでも勝てるような奴がいるという事か。実際そうなるかは置いといて、だが。


「でも久しぶりに見たよキミの聖魔法。やっぱり良い画になるよ。」


 そういいながらおそらくあの戦闘を描いたんであろうスケッチをネームレスが見せてくるがはっきり言ってイマイチよくわからない。


 いや確かに俺には審美眼というものが無いのは知っているところだが、それを差し引いても理解できない画という感じ。


 周囲の黒が殺人集団で中央の白がおそらくは俺なんだろうが…。やっぱりよくわからない。


「あー…なるほど。これはイイな。」


「だろう⁉それをこの筋肉女ときたらさァ!子供の落書きの方がマシだとか言ってくれやがるんだ!その点やっぱりクライムは違うよね!」


 ネームレスがそれはもう嬉しそうに早口でまくし立ててくる。


「フン、私は正直な感想を述べたまでだ。何が書いてあるかもわからんただの落書きにしか見えんよ。」


「コレだから教養のない奴は困るんだ!この黒と白との計算されつくしたコントラストが―。」


 街に帰る馬車の中、任務では散々な目に遭ったが結局こうしていつものようなバカ騒ぎ。


「はあ…。やっぱりこうなるのかよ。」


 街に帰り着くまでレイシアとネームレスの言い合いが終わりを迎えることは無かった。


 ◆◇◆


「そういやああのなんだっけ…。そう!メーミン!メーミンちゃんはどうしたんだ?」


「ん?ああ、あの女か、アイツなら街の近くに捨ててきた。何を付けられてるともしれんのでな、グレイディに帰しておいたよ。」


 馬車から降りてレイシアにやや気になったことを問うてみる、この反応を見るに乱暴をしたわけではなさそうだ。


「ボクは殺してもいいんじゃないっていったんだけどさァ、レイシアがやめとけっていうから。」


「ふーん?」


 確かに敵は殺す、みたいな一直線そのものであるレイシアにしては珍しい気はする。


「寝てる間にこの女が死んだらクライムの寝覚めが悪いだろうってさ。全くどんだけクライムの事好きなのって話だよねェ。」


「…別に好意がどうという話ではない。ただ今回の任務の功労者を労ってやろうと思ったまでだ。」


 足早に先を歩くレイシアの顔は見えずとも、その気遣いは感じられる。


「ありがとよ。やっぱお前はだ、レイシア。」


「当然だ。」


 いつもの詰め所に戻るまで3人の中に大した会話は無かったが、互いにその柔らかな静寂を噛みしめていた。


 ◆◇◆


「ただいま戻りました、隊長。」


「ただいまー姉さん。」


「戻ったよォ。」


 三者三様の帰りの挨拶ではあるが息は揃っているあたり、仲がいいのか悪いのか。


「ああ、お帰り、お前たち。ご苦労だったな。」


 今日も今日とて書類の山に埋もれる隊長。ただ今日はその量がいつにもまして多い様だ。


「すまないな。今回の任務はやや骨が折れただろう?」


「ややっていうか、ですけど。」


 早速隊長に任務内容という名の俺の武勇伝でも語って聞かせねば…


「心配いらないともクライム。報告は必要ない。お前が寝てる間に脳内念話でレイシアと連絡は取ってある。お疲れ様だった。」


「えぇー!!そんなぁ!!!それじゃあこれから俺と姉さんの楽しいおしゃべりはどうなるんです!?」


「そんなにおしゃべりしたいならROAとでも喋ってやれ、お前たちが向こうに行ってる間、こっちもこっちで大変だったんでな。荒れてるんだよアイツ。」


 何を書いてあるのかよくわからない書類に判を押しながら軽くあしらわれる。


「俺と喋ったぐらいでROAの機嫌がなおるとは思えねえっすけど?」


「お前も案外だな、ほら行った行った。レイシアとネームレスは残れ、と話がある。」


 暗に隊長に出て行けと言われる始末。っていうかその色々な話に俺は混ぜてくれないのね…。


「りょーかい、行ってきますよ…。ROAの居所とかにアテあります?」


「そんなものお前が一番知ってるだろう?」


 そういうと隊長は書類に向き直る。話は終わったという事だろうか。


 やれやれ、まあいいか。


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