第9話 画家の苦悩
ダンジョン、と一口に言っても様々な種類がある。
遺跡のようなものからより自然に近い洞窟のようなもの。
今俺たちが足を踏みしめるここべスペルダンジョンはその中間、とでもいうべきだろうか。
「ねェ、歩くの疲れちゃったよ。」
「土車は出せねえぞ、狭いし。」
ネームレスが暗に何か出せと言ってくるが知ったことではない。
「ふむ、中央の扉から大分進んだとは思うがまだ何も出てこないな。」
そう、このダンジョンところどころにゴブリンのような低級の魔物こそいるが基本的に数が少ない。
さっき倒した悪魔が唯一の取柄とでも言わんばかりだ。
「ま、最奥には何かいるんだろうよ。」
ダンジョンは大抵その奥にボスと呼ばれる強力な魔物と、それに見合うだけの宝が存在するのが基本だ。
「つーかお前らの方はレイシアが一人で倒しちまったんだろ?ボスはネームレスに頑張ってもらう感じで行こう、俺も疲れた。」
「まあいいけど、ここまで来て何も描かないなんてもったいないし。」
「あまり時間がかかるようなら私が適当に切り捨てるがな。」
「それでいいよ、俺はコレのお守りで一杯一杯だ。」
なんというか精神的に疲れた。今日はこれ以上戦いたくない。
それから歩みを止めることなく数分が経過したあたりでようやく見栄えしない景観にも変化が訪れる。
「ここが最後か。おあつらえ向きなのもいるしな。」
俺が悪魔と戦った空間よりもさらに倍は広けている。
奥に鎮座する宝箱と、それに寄り添うように浮遊している機械仕掛けの天使が2体。
「ふーん?コンビってことかな。まァ気にしないけど。」
ネームレスが脱力した構えから手を伸ばし、空中から筆を取る。
サイズにして1mくらいの巨大な筆を。
「そうだなァ題名は―燎原の天使―にしよう。」
◆◇◆
天使が遠方から様々な魔法をネームレスに目掛けて放つが彼に届くことは無い。
ネームレスが筆で空に描けば、呼応するように目の前に色が落ちて壁が描かれる。
「今の気分は情熱。ここに来てからインスピレーションを放出する場所が見つからなかったンだ。」
天使は魔法での壁の攻略が難しいと判断するや否や2体で一気に距離を詰めて挟み込むように飛び込むが
「風情が無いなァ、すこし近いよ。」
今度は地面から赤色で描かれた細い腕が迫る天使を捉え思い切り投げ飛ばし壁に叩きつける。
「うん。描いてる途中にアトリエに入るのはご法度だよねェ。」
そういいながらも筆は止まらない。
「身を焦がすほどの情熱的な絵は当然に熱を持つ、ただの小鳥が聖なる使徒すら食らうほどにね。」
そういうやいなやさっき防御に使った壁から無数の小鳥が天使に向かって放たれる。
無論、天使も魔法や腕で振り払うが数の暴力の前には無力。段々と熱い小鳥が啄むと機械の体は燃えて溶け落ちる。
「―燎原の天使―うん、良い感じに描けたんじゃないかな。」
「お前の芸術は俺にはわかんねえよ。」
残ったのは見るも無残な機械の天使達。コイツのいう芸術ってグロテスクなものが多いんだよな。普通に人物画とか書かせると上手いのに。
「しかし、拍子抜けだな。なんなら先の悪魔の方が強かったんじゃないか?」
レイシアの言う通り、ボスにしてはなんとも呆気ない幕引き。
なにかあるのではないかという考えが脳裏によぎった後、天使たちの体が輝き始める。
聖なる光が2体を包み機体が空に浮き上がるとゆっくりとお互いに近づいていきそして融合した。
しかも魔術的にではなく物理的な融合。
ガギギギギ!!と溶けた金属が不快な音を立てながら無理やり接合するように重なっていき出来上がったのは不気味なナニカ。
「ギアアアアア!!!!!」
金属質な悲鳴が部屋に反響する。
「はァ…、喧しい。加えて僕の作品にケチをつけようというのか。全くくだらない。」
心底呆れたと言わんばかりに吐き捨てもう一度筆をその手に握る。
「ならいいだろう。渾身の作品を君にも見せてやる。」
混ざりあった天使は歪に生えた手を合わせ、魔法陣を作り出していく。
やがて三重になった魔法陣から強烈な光線が放たれ、最初に描いた壁すらも破壊してしまうがその先にネームレスの姿はない。
「出力が悍ましいほどに上がったとはいえ僕すら見ていないんじゃ話にならない。」
筆の色が変質していく、情熱的な赤から失望を示すがごとき暗い蒼に。
「画とは向き合うものだ。その点君にはがっかりだよ。最早僕すら見ていない。」
語り続けるネームレス目掛けて小さな魔法陣から音速で槍が放たれ、彼の肉体を刺し貫いてしまう、が。
ドロリと溶ける様に彼の体が蒼のインクに変わる。
「残念だ。失望とは身も凍るほどの喪失感の表れだ。」
身代わりとは別の位置から本物が今描かれたように現れる。
そして空に腕を振るえば今度は天使の機体に暗い蒼が彩られ、描かれた部位が凍り付く。
何度も何度も、何度も何度も、恨みを込めるように描き続けた先には氷のオブジェが完成していた。
「僕の作品を否定したことは許されない。ただ、その
蒼に染まった筆にから色が抜けていき、最後に絞り出すように残ったのは一滴だけの
「芸術とは想像と破壊。相克する2色が交わったのなら僕の
すこしだけ、ほんの少しだけ指を動かすと空からオブジェに一滴の雫が落ちていき、
爆発。
轟音。
文字通りの破壊的な芸術が完成した。
「題名は―月の涙―。うンそれがいい。」
かくして俺たちの任務は幕を閉じた。
◆◇◆
ボスを攻略し、いよいよ宝とご対面というところで箱の中身を空けてみるとそこには
「空?」
何もない。正確には何かが入っていたという痕跡すらない。
「…ねェなんだと思う?クライム。すこし変な感じがしない?」
「…ネームレスに同感するのは癪だが私も同意見だクライム。このガイド役の女と言い明らかに私たちを嵌めようとしている。」
もういい加減に気づくべきだったのかもしれない。
この程度のダンジョンで果たしてグレイディの冒険者や特殊部隊が手も足も出ないことがあるのか?
だとしたらなんで俺たちを呼んだ?
恐らく重要なのはここに俺たちがいること。敵の本拠地に重要戦力がのこのこ誘い込まれたという事実。
「ハイ、お疲れさーん。じゃあ死んでいいよオマエラ。」
後方からの声が聞こえてくると同時に俺たちの視界がダンジョンを覆うほどの上位魔法で埋め尽くされた。
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