第4話 日常的な俺の一日

「ただいま戻り…今日で2回目かこのセリフ。」


「お帰り、クライム。」


 ROAと別れた後、特に寄り道をすることもなく詰め所に戻っていた。


「お、姉さん。もしかしてこれ…。」


 隊長が仕事をしているのとは別に部屋の中央に鎮座するテーブルの上には所狭しと言わんばかりの料理が並べられていた。


「ああ、言ってたろう?料理をしたのは久しぶりだがまあ悪い味ではないはずだ。」


「スゲー…料理屋で見るようなレベルじゃねえっすか。」


 実際、一食分とはいえサラダや肉料理にスープに至るまでどれもこれもかなりの出来を誇っている。


 正直ここまでのものが出てくるとは思っていなかった。


 だって書類仕事しかでき無さそうな雰囲気あったし、隊長。


「ま、冷めてしまってるからあまり期待するな。」


「じゃあいただきまーす。」


 手を合わせて合掌してから隊長の料理に手を付ける。


「おおすごい。味もちゃんとうまい。」


「ちゃんと、とはなんだ。」


 相も変わらず書類に向かって何かをがりがり書きながら返事をする隊長。


「しかし、なんだ。わかってるんだろう?お前も。」


 なんだろうか。急に切り出されてもイマイチ話の筋が見えてこない。そんな事よりも目の前の竜肉の揚げ物のほうが俺の意識を奪っている。おそらく変に味付けはせずに塩と胡椒だけで後は素材の味を…


「食事に夢中かクライム。嬉しい事ではあるが私の気分はかなり悪い。」


「どうしたんすか。」


「わからないのか?お前とROAの任務について、と言えば分かるだろう?」


「…すんませんした。」


 帰り道は料理の事しか考えてなかったもんで任務の事は頭から抜け落ちていた。いや意識的に忘れようとしていたんだろう。


 ROAがやらかして俺が説教を食らうのはいつものことだが…。


「人質の救助を優先しろなんてことを一々言わないとわからないのか?あくまでも私たちは王国に仕える一部隊でしかないことを忘れるな。にしたって限度があるんだ。今回もまあ、私が何とかまとめておいたが余計な手間をかけさせないでくれ。」


 もう何度聞いたかもわからぬいつものお小言に眉を顰めることもなく頭を下げる。


「ま、大方ROAが悪いんだろう?大体分かるさ。全くあの年増ときたら…」


 うんぬんかんぬんとROAの愚痴をこぼす隊長。個人として嫌いというわけではないんだろうがなんせ仕事ぶりが雑なもんだ。立場上愚痴の増えるのも仕方のない事なんだろうが。


「ごちそうさまでした。めっちゃうまかったっすよ!」


 二度目の合掌。やはり食への感謝は忘れるべきではない。


「しかしお前も律儀なやつだクライム。年をとればとるほど、こういった儀式めいた慣習は疎かになっていく者も多いんだが。」


「ん?ああ、食後の挨拶っすか?まあやんなくてもいいのかもしんないっすけど…に生きてかないと俺はすぐに倒れちゃうんで。」


に生きる、ねえ。ウチの馬鹿どもは揃いも揃って螺子の外れた奴が多いが…お前もどこか偏執的だよ、クライム。大なり小なり人間どこかで妥協をするものだ。だがお前はそれを異様に嫌う。さぼりや堕落は多いがを嫌う。」


「…そうでもないと思いますけどね。」


 前世があるとはいえ別にストイックに生きているつもりもない。


 宗教みたいにアレは禁止だのこの時間には御祈りをなんて縛られるような生き方は本当に御免だ。


 ただしゃんと前向いて生きたいだけなんだよ。


「ふん、まあいいさ。今日はもうあがっていい。日も落ちてきてるしな。」


「ういー、あとは…夜中に変なやつが出てこないことを願うばかりっすね。」


 一応言っておくがあくまで俺たちの任務に時間の指定なんてもんは無い。つまりは日中から夜中の中までどこまでいってもS級の任務が来れば出向くのが特殊部隊だ。


 正直、寝てる間に脳内伝達で叩き起こされるのはかなり面倒…というかキツイ。


「んじゃ、お疲れさまでした~。」


「ああ、お疲れ。」


 隊長の料理の後片付けをして俺は詰め所を後にする。


 夕日が真っ赤に染まり、街は一層の賑わいを見せる。本来は昼間こそが賑わうべき時間であるはずだが俺の家近辺は酒場が多い。


 必然、魔物狩りやダンジョン攻略を終えた冒険者たちと、それをターゲット層にした出店が呼び込みをかけ…、といった具合だ。


 実に棲みにくい場所に棲んだと思う。人が棲息する場でないことは確かだ。


 家に帰って部隊服を脱ぐ。そういえばコイツを洗ったのはいつぶりだろうか。


 定期的に血にまみれるため毎日洗っても…なんというか不毛なのだ。


 派手に汚した時だけ洗うのが最近のコイツの扱いだった。


 部屋で何かするでもなく風呂に入り、ベッドに転がる。


 ああ、どうか。今日はゆっくりと眠れますように。


 なんともまあ、いかにもこれから事件の起こりそうな眠り方をしたもんだが特に何が起こるでもなく、魔法国家レイメイは今日も平常運転。


 何もないことが当然。街は今夜も平和だった。


 ◆◇◆


「ああ…、ネム…。」


 そうだ、今日は二度寝しよう。誰も文句を言うまい。


 昨日あれだけ働いたのだ。これで二度寝をして怒るような奴がいるのか?


 …。


「んー…。どんぐらい寝たんだ?」


 派手に二度寝をかました今の気分はかなりいい。頭が冴えるような感覚まである。


 カーテンを開け、光が入る。


「日が真上…、隊長に殺されるな。」


 もういっそ今日は一日休んじまうか。


 …明日が怖すぎる。いつかまるまる二日サボった時はもう本当にひどかった。


 筆舌に尽くしがたい絶望、そう表現するほかにない。


「いくか…。」


 部隊服を纏って出る準備を始める。何度も何度も変わらないルーティーン。


 まあ今日は朝飯、というか昼飯はなしでいいか。


 姿見の前に立つ。


「うし、やっぱり今日もだ。」


 いつになく重い足取りで詰め所に向かった。


 ◆◇◆


「ど、どうも…。」


 いつもなら気合入れて挨拶するところだが今日は帰って気分を損ねるだろう。


 何が飛んでくるか…。そう身構えていたが特に何も飛んでこないし言われない。


 趣向を変えて無視、という事だろうか。しかし隊長は年下だがあまりそういうことを好まないが。


「…ああ、クライムか、遅かったな。」


「どうしたんすか姉さん?なんかマズいことでも。」


「別に何か問題があるわけではない、あるわけではないんだが…。」


 どうにもきまりの悪そうな顔をする隊長。うんうんと書類の中で悩んでいる姿は可愛らしいものがあるが、この人が悩むような事というと空恐ろしくもある。


「よし、いいだろう。クライム。今日は見回りをしなくていい。」


「え…?マジすか?」


「代わりに私の供をしろ。」


「おいおい、姉さんからデートのお誘いなんてなあ?こりゃあまいっちゃうなあ。」


「もう突っ込まないぞ馬鹿め、ついて来いって言ったのは上との連絡会だ。」


 上…というと国の貴族連中やらだろうか。


「…今日はそういやガールフレンドとデートする予定が…。」


「遅刻しておいて、か?」


「是非!お供させてください!」


 ああもう絶対に面倒だ。


 心機一転、明らかに誤用ではあるがこんな言葉がふさわしいと思えるほどに俺の心はどん底に転がり落ちた。



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