第3話 ROA
「久しぶりじゃねーか、元気にしてたかよ。」
「昨日会ったばっかりだろ。」
年上の後輩の低身長お姉さんという強烈過ぎる個性にもかかわらずその内面も劇的だ。
「俺にとっちゃあ時間感覚ってのはあんまり意味を為さないんだよ。」
自称が俺である女をコイツ以外に見たことが無い。粗野な振る舞いが板についているのは確かだが。
「んで?あそこが例のジャックされた宿か?だったらさっさと終わらせようぜ。」
「馬鹿止めてくれ、どうせ人質ごと全て吹き飛ばして終わりとかいうんだろうが。」
「そうだけど?」
これだからROAは嫌なんだ。なんというか超越し過ぎているとでも言えば良いのか、どこか倫理観のタガが外れている節がある。
「そんな解決ばっかりだからウチのチームが能無し駄犬なんて言われるんだろうが。」
「別に今回の任務に人質の救助は含まれてねーだろう。」
「当たり前すぎて言ってねえだけなんだよ。」
今回の伝達内容はジャック犯の目的阻止としか告げられていない。とはいえじゃあ全員吹っ飛ばしてオシマイなんて発想には普通ならないんだがね。
「…ハッ!
そういうとROAは宿を取り囲む衛兵を押しやってカルト集団のリーダー格の男に話しかける。
「おーい!そこのさえ無いヤツ!お前がリーダーなんだろ?」
「…成程、ハウンドか。最たる例だな、国家の
「あー…どうでもいいけどよ、こっちから取引条件出してやるからよく聞いとけよ。」
5秒以内に人質を解放しなかったら全員コロス。
「…ふん、脅しのつもりか?やれるものならやってみるがいい。だが人質を救いながら私達だけを…」
「はい、5秒。じゃあ…バイバイ。」
「…あぁもう最悪だ、地脈操作参号
ROAの手に掲げた杖が光輝くのと同時に、急いで俺も魔法陣を展開する。
宙から宿全体を覆うように土づくりの巨大な家が現れると同時に家の中で宿が爆発する。
爆音、轟音、表現などいくらでもあるがその場にいた者たちにわかるのは、もうこの土づくりの屋敷の中の宿が原型をとどめていないことだろう。
当然中の人間も然り。
ガラガラという崩れるような音すらも無くなり周囲に広がるのは静寂だった。無論こんな状況に対して言葉が出ないことも起因するだろうが。
「はあ…まじでいっつもこうだよ、絶対隊長に怒られるよ…。」
「あんな化けの皮被った狐の事なんて気にしてんなよ
ROAは有言実行の人間だ。言ったことは貫き通す、例えいるかもしれない人質ごと吹き飛ばすという実行するべきでないことでさえも。
「なんてことをしているんだお前たちは!!」
衛兵たちの指揮を執っていた奴だろうか、一人の男が俺たちに抗議を入れてくる。
「あ?おい嘘だろ。まさかと思うがホントに何にも分かってないのか?」
ROAが呆れたように言うが、衛兵の隊長の気持ちも分からなくもない。いきなり目の前でこんなことが起きたら理解しようにもできないだろうさ。
「な…中にはまだ人質が…。」
「生きてるわけねえだろそんなもん。」
1+1が2であることを教えねばならないのかと言わんばかりの表情を浮かべるROA。
「いいか?人質ってのは交換するものだ。いったいどんだけの人数の人質がいたらオウサマの首と交換できるんだよ。」
「し、しかし…。」
「だから目的が違うんだよ。ハナからアイツらは取引しようなんて考えてねえんだよ。大方時間稼ぎだ。」
「時間稼ぎ?」
「おい、
ROAに言われるままに土屋敷を解除して倒壊した宿を放り出す。見るも無残なそれを気にせずROAが魔法を使いながら適当に瓦礫をよけると宿の床だったろう部分に巨大な魔法陣が描かれているのが見つかる。
「この辺りは地脈の流れもいい、儀式するにはうってつけだ。1時間もあれば宿どころかこの周囲の建物全て吹き飛ばせるだけの魔力は貯められただろうな。」
「…奴らの狙いは分かった、しかしまだ時間があったのだから人質を救う可能性だって…。」
「だからよ…人質が生きてるんならリーダー格の男が見せびらかすに決まってんだろ。全員儀式のために殺しちゃったんだからいるんだぞって言うしかなくなったんだろうよ。」
「しかし…」
「あーもう、うっせえ!!行くぞ
そう吐き捨てたROAは俺の手を引いて足早に現場を後にする。
「あーあー全く、現場の衛兵にも喧嘩売っちゃってよ、もうすこしうまくやれねえのかよ。」
「馬鹿と話すのはキライなんだよ。」
ROAはこの通り相手によっては結構態度を変える節がある。いや相手によって態度を変えるのは人としては普通のことかもしれないがコイツは極端すぎる。
つまるところ気に入らないやつに対しては滅法冷たいというわけ。
「まあでもお前にしてはまだマシなほうだな。ちゃんと言い訳考えてたしな。」
「共犯者が口うるさいからだろ。」
「一体何人の人質がいたんだろうなア…。」
実のところ人質はおそらくまだ中で生きていた。最初に生きた人質をリーダー格の男が見せてないのはその方が時間稼ぎしやすいため。
万一にでも突撃しそうになった時のために幾らか生かしていた人質がいたはずだ。
「しかしお前も慎重派だよな。どうせ人質を助ける方法をギリギリまで考えるつもりだったんだろ?馬鹿らしいったらありゃしねえよ。任務はカルトの目的阻止、中の儀式さえ潰せればそれでいいってのによ。犠牲は付き物だろうが。」
「俺はそう割り切りたくないの。一度踏み越えたら俺は、俺だけは戻れなくなるの。」
前世がある。どうしようもないほどのくだらない人生を歩んだ前世が。
たった一回足を踏み外しただけで戻れなくなった人生がある。
「ふーん?まあどうでもいいがね。それより
ROAが手に持ったやけに装飾の多いごたごたした魔法杖を弄びながら問いかける。
「別に…ああいや、これから隊長と飯を食うんだ。隊長の手料理だぜ?どんな味がするのか楽しみで仕方ねえよ。」
「…ハッ、そうかい。そりゃあよおござんした。でも気をつけろよ。あの狐が一番厄介なのは間違いねえから。」
「なんでROAは隊長と仲良くできないかねえ…。」
ROAは入隊して日が長いわけではないがどうにもミハイル姉さんとの仲がイマイチ良くない。何度か取り持ってみようともしたが骨折り損、といった所だ。仕舞いにはこっちが折れてしまった。
「んじゃあ、俺はもう行くからよ。」
「じゃあな、お疲れさん。」
こんなあっさりとした幕引きでアリアドネの宿のジャック事件は完了した。
もう少しだけ、もう少しだけでも何か俺が違和感を覚えていれば、それで今後の人生が変わっていたかも、いや変わらずに済んだかもしれないのに。
何処まで行っても俺はつくづく足を踏み外さずにはいられない人生だった。
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