第13話 歯を食いしばって

本日3話更新です。2話目。

――――


「トウジが急に飛び去るし、シロウさんもいないし、本当に焦りました」


「トっち! シロウおじさんがいなくて慌てるのはわかるけど! うちらに、何か言ってから飛んでよ! もう!」


「……はい。すんません。いえ、申し訳ございません」


 母、脱力。ヒムロ・アカリさん、激怒。弟、正座。


 数分前。


 自宅拠点で弟が空に浮かび、帰宅途中の私たちに手を振っていた。

 しかし、父がいないことに気が付くと、比喩表現ではなく物理的に飛んできた。


 弟に状況を説明していると、急に飛び去った弟を心配した母とヒムロさんが、血相を変えて武器を片手に自宅拠点から走り出てくる。


「父さん無事! 避難所で代表会議! 自衛隊が来た!」


 母が狼狽する前に、状況を一気に大声で伝えてなんとかセーフ。


 思いがけず短時間で、状況を理解してもらった。

 詳しくは拠点内でとなったけど……脱力した、母の冷たい視線。

 心配して、激怒するヒムロさんの圧。

 弟は、自然に正座していた。


「ま、まぁ、トウジも父さんがいなくて、動揺したんだよな? 母さんもヒムロさんも、そこまでにしてあげて? ほら、これからのことを相談したいから。ね?」


「……そうですね。アキトたちの話を、まずは聞きましょうか。アカリさんもトウジもいい?」


「わかりました。……トっち、うちも言いすぎた。ごめんね」


「アカリが謝ることなんてねぇよ。おれが焦り過ぎたんだ。すまん!」


 なんとか場が落ち着いたので、改めて妹とカノさんと私で状況を説明する。


 どうなるかはわからないけど、自衛隊が避難所のことを認知してくれたのだ。

 今より悪いことにはならないはず、と希望が見えてきた。


 翌日の朝食後に避難所に全員で向かう。

 すでに防衛組は、グループごとに意見交換をしているようだ。

 しかし、防衛組の表情が暗い感じがする。


 私たちのように、到着したばかりの見回り組も、暗い雰囲気に動揺しているようだ。


 自衛隊の姿は見えない。


「ナツコ。それに皆もおはよう。かなり早く来たんだね」


 父が私たちを見付けて声をかけてくれたが、表情は暗く沈んでいる。


「何から話せばいいか……決していい話ではないから、希望は何も持たないで覚悟して聞いてほしい。

 まず救助は来ない。救助したくてもできないと昨日……」


 念を押してから始めた父の話は、希望なんて全くないものだった。


 昨日来た自衛隊は、長距離移動に適する祝福を得た人物を集めた、偵察を任務とするチームらしい。

 彼らが知ることは、可能な範囲でこちらの質問にも真摯に答えてくれた。

 ここでは知り得ない情報も、多く提供してくれた。


 一つ、重要施設の沈黙。

 発電所や化学薬品工場など、広範囲に深刻な問題を引き起こす可能性の高い施設は、大きな災害のときに、真っ先に確認しなければいけない。

 幸い、確認できた範囲内で、重大な事故や汚染はない。……正確には施設が消失、更地になっていたそうだ。


 一つ、死者の消失と、欠損部位の残留。

 ゴブリンなどの謎の生命体は、死亡後三十秒から二分で消失する。

 亡くなった人、動物や魚は、およそ三時間から十時間経過すると消失する。

 着用していた衣類などは残る。

 肉体に触れている間や、体から切り離された部分は残留する。

 動物、魚、ゴブリンなどは頭部を切り離すと、

 残された胴体や血液などの残留が確認されたことから、頭部が起点になっているようだ。

 人間の頭部を切り離された例は、確認されていないので不明。


 一つ、人口密集地への謎の生命体の襲撃。

 私たちがゴブリンと呼称している、謎の生命体の他にも何種類か確認されている。

 人口の多いところほど、襲撃してくる数も種類も多い。

 全ての地域で謎の生命体が発生しており、発生場所や生態も全て不明。


 一つ、異常な力を持った個人の存在。

 私たちの祝福よりも、強力な力を持った個人が確認されている。

 友好的で敵対はしておらず、二名の協力を得ることに成功している。


 一つ、生活インフラの壊滅。


 一つ、各種通信の断絶。


 一つ、重要各機関の壊滅。


 一つ、連絡が取れない政府。


 一つ、一つ、一つ……


 一つ、救助や支援ができない。

 救助活動に関わる各機関も死者が多く、設備も壊滅している。

 謎の生命体への対処、情報収集、生存者捜索なども、近隣の避難所などから有志を募って対応している。

 しかし、すでに限界を超えている状況で、機能不全に陥っている。


 自衛隊、警察、消防などの各拠点へ自力で行けば保護はできる。

 しかし、広範囲かつ多数ある避難所への救助や支援は、移動手段の少なさから物理的に困難を極める。


 一つ、情報も異変発生から徒歩など人力、アナログでまとめたもの。

 把握できているのは、県内の人の住む市町村の半分以下の地域のみ。

 特に高層建築の多い都市部は、瓦礫の山になり捜索や探索が難航。

 山や森などは全くの未確認。

 多くの悪い要因が一度に重なり、車両や重機、ヘリや航空機、ドローンなどほとんど使用できない。

 祝福の力で行動範囲が広がったのも最近で、情報も情報収集力も圧倒的に足りない。

 まだ明るみに出ていないことが、多数あったとしても知るすべがない。



「……助けられなくて申し訳ないと、泣きながら話してくれたよ。まだ若い彼らがここを発つときまで、泣きながら歯を食いしばって何度も謝っていたんだ。

 限界を越えて奮闘している彼らに、私は……私たちは何も言えなかった」



――――

tips 一部発電施設や化学薬品工場など

「我が愛するお前らを、我の地を、我の海を、我の空を穢す物は不要だ。愛するお前らよ。これも祝福であり試練であり慈悲だ。その身一つで生きろ」

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