第九話 映っていたのは…(3)

「おい、如月。もうすぐ約束の時間だぜ。本当にリンってのは来るのか?」

「う、うん。お昼休みに連絡してみたら、「分かった」って言ったから来てくれる──と信じたいけど……」

「これで来てくれなかったら、如月さん見捨てられたことになるね。大丈夫かな?」

「言ってやるなよ、そういうのは。本人が気にするぜ」


 そんな会話を交わしているのは、涼音と今日の朝に涼音にちょっかいをかけてきたクラスのグループの男女数名だ。これからのことを考えているのか楽し気な彼らと違い、当の涼音は不安な面持ちを浮かべている。


 時刻は夕暮れ時で、今日の授業は全て終了しており今は放課後となっている。涼音は昼休み中にリンに連絡を取っていた。リンが電話に出ず、連絡がつかないというのが一番最悪のパターンだったが、リンは涼音からの電話に対応してくれた。その際の会話の内容はこうである。


 ◇


『リンさん! 突然で申し訳ないのですが、お願いがあります!』

『なんだいきなり。あと声がデカい、もう少し小さい声で話してくれ』

『す、すいません。あのですね、今日の放課後の時間に渡世学園の前まで来てもらえませんか!? 私の未曽有の大ピンチでして……!』

『この前のはピンチじゃなかったのか?』

『いや、あれもピンチでした!』

『相変わらず賑やかだな。まあいい、分かった。その学校の前に行けばいいんだな』


 ◇


 しどろもどろになり、あまり要点の得ない説明を電話越しにした涼音だったが、授業の終わる放課後の時間帯に、渡世学園の前に来て欲しいというのはリンに伝わったようだった。そして現在、そのリンが来るのをこうして待っている訳だ。


「リンさんはそんな人じゃないよ」

「あれ、如月さん怒った? まあ確かにイケメンだったもんねー、顔の勝負じゃあんたらどう考えても勝てないよ。どうすんの?」

「うるせえな。そもそも呼び出したのは、あの動画がマジかどうか聞くためだろ?」

「俺は嘘だと思うけどな。どう見ても普通じゃなかっただろ」


 彼らの話を耳に入れながら、涼音は周辺を見渡す。涼音の視界には下校する生徒たちばかりが映っており、リンの姿はまだ見えなかった。リンがもし来なかったら、いよいよどうするか考えなければ──と涼音が考えようとした時、下校している生徒たちの流れに逆らい、パーカー姿の少年が一人、こちらに向かって歩いて来ていた。すれ違う女子生徒たちは思わず、その少年を振り返って見ていた。


 彼がポケットに両手を突っ込み焦る様子もなく歩いているのは、涼音から告げられた約束の時間にまだなっていないからだ。


「リンさん!」

「よう。しかし大きい学校だな。いいとこに通っているんだな、お前」


 リンの姿を確認した涼音は、思わず名を呼んでしまった。リンは涼音の内情を知らないので、のんびりと歩み寄っていく。こちらの一方的な呼び出しにリンが来てくれたことに涼音は感動しており、手を握って熱い感謝の意を伝えたいぐらいだった。


 しかし涼音がそうするよりも先に、リンの前にグループの一人である男子生徒が「お前がリンってやつか?」とやってきた。その後ろでは涼音と、グループの他の面子が様子をうかがっている。


「? ああ、まあな」

「見た感じ、俺らとタメぐらいに見えるな。それにその格好、私服だろ? お前学校は今日、休んだのかよ」

「ま、休んだと言えば休んだな。──で、何で俺を呼び出した? 如月からの連絡がいまいち要点を得ていなくてな」

「うう、ごめんなさい、リンさん……」


 その声が聞こえて、涼音は分かりやすくしゅんとしてしまう。その涼音を示すように首をくい、と動かしながら「それじゃ聞くが」と少年は本題に入った。


「後ろにいる如月が今日の朝、クラスで初配信の動画を俺らに見せたんだよ。で、そこに映っていたのはゴブリンの集団をなぎ倒すお前だった訳だ。──あの動画、マジなのか? 編集で上手いこと作ったんじゃなくて?」


 リンを見る視線、そして言葉には隠し切れていない疑いがあった。涼音以外の、リンを見る目も同様である。涼音だけが心配そうにリンを見ていた。

 はあ、と呆れたように溜息を吐いたリンは、「あのな」とまず最初に口に出した。


「本当に決まってるだろ。そもそも、あんなザコ軍団を相手にしてそんな面倒なことする必要あるか? 如月が呼び出したから何かあるのかと思えば、お前みたいなガキ相手の問答に付き合わなくちゃいけないとは……」


 心底くだらなさそうにリンは言う。それが目の前の彼の琴線に触れたのか、顔を赤くした少年は「じゃあ聞くけどよ」と、リンに続ける。その口調は明らかに喧嘩腰だ。


「そんな偉そうなこと言うぐらいだったら──お前、オリジナルなんだろうな? せめてスタンダードじゃなけりゃ、話にならねえぞ」


 聞こえてきたオリジナルと、スタンダードという言葉。それを聞いて涼音はぎゅっと両手を握り締めた。まるで何かに耐えるように。

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