第十話 映っていたのは…(4)
人間というのは進化し、適応していく生物だ。もし人間が進化をすることができなければ今日の発展はあり得ず、二足歩行すらもしていないだろう。
リンが転移してきたこの世界は、あらゆる世界からの干渉を受けている。それ故に異世界からこちらの世界へと繋がる扉が非常に開きやすく、遥か昔から異世界の住人たちが足を踏み入れてきていた。当然そこで争いは起こるが、武器などを使用しない単純な戦闘では、人間が異世界の怪物には太刀打ちすることはできない。それを考えれば人間はとうの昔に駆逐されていてもおかしくはないのだが、その怪物に対抗するべく人間はある進化をした。
異世界の者たちと戦うことのできる力──言うなれば、異能力である。
極寒の地で、灼熱の地で、海で、空で。そこで生きるために進化した生物がいるように、異世界の干渉を受けるこの世界で生き抜くため、人間はその力に目覚めたのだ。それをこの世界で生きる人々はオリジナルとスタンダードと呼び分けていた。
まずスタンダードというのは、異能力でもポピュラーなものの総称である。最も確認されるのは身体能力強化だ。他にもテレキネシスやテレパシーなど、異能力の中でも『ありがち』とも言えるものがスタンダードに分類される。しかしこれらの能力も強力なことには変わりない。
そしてオリジナルと呼ばれるのはそのスタンダードに目覚め、使いこなした者が自身の異能力を独自に解釈し、更に能力に応用を利かせ──あるいは縛りを加えて、自分だけの力として更に進化させたものだ。その力はスタンダードとは一線を画す。
リンにそのいずれかの力を持っているか質問をしたのは、今や珍しくもない異世界からやってきた怪物と戦うのを配信している者たち──その配信を行っている者たちの殆どが、スタンダードもしくはオリジナルだからだ。
それも当たり前のことである。戦うためには力は必須で、その力を持っていなければただ危険に身をさらしているだけで、やっていることは自殺に近い。中にはその危なさを売りにした配信者もいるにはいるが、一歩間違えればというやつだ。
当然、リンもその力を持っている。そう思って少年は聞いてみたのだが──
◇
「どっちでもない。スタンダードでも、オリジナルでもな」
「はあ? ってことはお前、まさか無能力者かよ? 今時スタンダードでもない方が珍しいぜ」
「……そうだな、無能力者だ。『そういうこと』でいい」
リンは特に恥ずかしそうにもせず頷くが、それが少年にとってはリンがただ強がっているだけにしか見えなかったのか、声を上げて笑った。そしてこの様子を見ていた涼音たちを振り返れば、おかしそうにリンを指差しながら言った。
「おい、聞いたかよ! こいつ、無能力者だってよ! あんだけ偉そうなこと言ってたのは、ただ自分が無能力者だってことを誤魔化すためだったって訳だ」
「えー、マジで無能力者? がっかりだなー、せっかくのイケメンなのに」
「つーことは、如月が見せたあの動画も編集でうまいことしたんだな。まあそうだろうと思ったよ」
「いいじゃん、別に。如月も無能力者なんだし、お似合いじゃね?」
リンが無能力者であることを知れば、彼らは好き放題言う始末だ。如月のあの配信も嘘と結論付けられてしまい、「もう配信は諦めろよ」と涼音は周りから笑われてしまう。涼音は下唇をきゅっと噛み、思わず顔を俯かせてしまった。
「あー、笑わせてもらったわ。お前も気を付けて帰れよ。あのフェイク動画みたいに、ゴブリンたちに襲われたら大変だからな」
少年は意地悪く言いながら、リンの肩をぽんと叩く。そして涼音の周りにいたグループも軽薄そうな笑みを浮かべつつリンの横を通り過ぎ、そのまま校門前から去っていった。一部始終を眺めていた他の下校中の生徒たちも、リンと涼音から視線を外す。
涼音はゆっくりとリンに歩み寄る。リンをここに呼び出したのは涼音だが、それが原因でリンをこんな不愉快な目に遭わせてしまったことに責任を感じているのか、顔色は悪い。何か言わなければいけないのだが、何を言えばいいのか分からないようで、涼音の口がもごもごと動いていた。
(そうだ……リンさんに謝らないと……)
意を決して涼音がリンに謝ろうと思った時、リンが涼音よりも先に口を開き、こう言った。
「すまなかったな、如月。俺のくだらない意地のせいで、お前に迷惑をかけた」
「……はい?」
リンのその言葉は涼音がまったく想定していないものだった。何で呼び出したとか、元はと言えばお前のせいでとか、様々な罵倒をされることを涼音は覚悟していたのだが、リンが謝罪をするというのは涼音には完全に予想外で、思わず聞き返してしまっていた。
「俺はあいつらに嘘をついた。スタンダードかオリジナルかと言われて、俺はどちらでも無いと言っただろ? だけどそのどちらかで区別すれば、俺はオリジナルだ」
「……ですよね? リンさんが無能力者なんてあり得ないですよね?」
涼音はこくこくと頷き、神妙な面持ちを浮かべているリンに確認をする。涼音はリンの戦う様子を目の前で見ていた。そのリンが自分と同じ無能力者であるはずがないと、涼音は自分のことではないのに嬉しくなっていた。
だがここでひとつの疑問が涼音の中に浮かぶ。
「あの、リンさん。それならどうして無能力者であると嘘をついたんですか? 私のあの配信が嘘だったって言われたことよりも、リンさんが馬鹿にされたことの方が私は嫌ですよ」
「自分のことよりも俺のことで怒ってるのか?」
リンは「お人好しだな」と苦笑し、ひとつ息を吐いてから説明をする。
「もしあそこでオリジナルだと俺が言っていれば、十中八九「じゃあ見せてみろ」って言われただろうからな──俺の能力は見せるようなもんじゃない。それにこれから先も、使うつもりなんてないしな」
「はあ、なるほど……ん? でもそれなら、私に謝る必要なんてないんじゃ……」
「あるだろ。俺があそこで嘘をついていなければ、お前のあの配信がちゃんと本物だと認められただろうからな。如月があんなしょげることも無かったってことだ」
「う、見られていましたか……面目ないです。でもリンさんにお願いをしたのは、私ですから。リンさんが来てくれて本当に嬉しかったですよ」
涼音は先ほどの暗い顔はもうどこかに行ってしまったのか、ぱっと明るい笑みを見せる。リンは涼音のその笑みを見てから、踵を返す。歩き始める前に「如月」とリンは振り向かずに言った。
「お前がどう思おうが、俺の
ズボンのポケットに両手を入れたまま、リンは歩いていく。遠くなっていくリンの背中を眺めていたのだが「涼音」と声をかけられ、そちらへ涼音は視線を向けた。そこには心配そうな表情を浮かべている澪がおり、涼音へと駆け寄っていく。
「ごめん、涼音。もっと早く声をかけてれば良かった……あのリンって人が、どう出るのか分からなくて」
「そんな気にしなくていいよ、澪。私は大丈夫だからさ。それにリンさんも、ちゃんと来てくれたんだから」
「リンさんか……私たちと同い年ぐらいにしか見えないのに、何か妙に雰囲気あるね」
「あ、澪もそう思う? 私もリンさんに助けてもらった時、同じこと思ってさ……」
澪と話をしながら、涼音はふとあることを考えた。リンに聞きそびれてしまったことだ。
(そういえばリンさんの能力って、一体どんな力なんだろう……)
と涼音は思うも、すぐにそれを考えから消した。リン本人が使いたがらないものを考えても仕方がないからだ。
──リンは自身の能力を、一度も使用したことがない。五十回も世界を救っていながら一度もだ。
使用したことのない能力をリンが把握しているのは、目覚めた瞬間に体に、記憶に刻み込まれたからだ。
それでもなお使うつもりがまったく無いのは、確かに意地と言えるのだろう。
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