第八話 映っていたのは…(2)

「おっ、始まったぞ。マジで配信者デビューしてんじゃん」

「まあ俺らの年でっていうのも、もう珍しくはないけどな」

「ちょっと、前の方かがんでよ。如月さんのスマホの画面、全然見えないんだけど」


 涼音が配信者デビューを果たした動画を再生し始めれば、周りを囲んでいるクラスメイト達もにわかに盛り上がる。だが自分の席に座り、一番近くでスマホの画面を見ている涼音は今すぐにスマホの画面を叩き割りたい衝動にかられていた。


(どうする私! 一体どうすれば、この状況を打開できるの!? ……ああダメだ、全然思いつかない。あるがままを受け入れるしかない……)


 色々と諦めたのか、ふっとした微笑を涼音は浮かべる。その涼音の心情とシンクロするかのように、動画内の涼音は大量のゴブリンに囲まれている中で「うぎゃー!」と、間抜けな叫び声を上げていた。それを聞いた周りのクラスメイト達からは、どっと笑い声が上がった。


「おいなんだよ、ゴブリンに囲まれてるじゃん。普通、大勢がいることを想定してこっちも複数で行くのが常識だろ?」

「それな。ていうかこの配信、全然視聴されてねーじゃん。コメントついてる?」

「あー、ついてるついてる。<死にそうやんけ>っていうコメントが」

「でもさ、実際一人でこの状況になったらヤバくない? 如月さんがちゃんとここにいるってことは、どうにかしたってことでしょ?」


 一人の女子生徒が言った言葉を聞き逃さなかった涼音は「そうなんです!」と、大きく頷いた。何故か敬語になってしまっているが。


「みんな、ちゃんと見てて! こいつ、ここからだから!」

「え? 如月さん、ここからどうにかしたの? この配信じゃ、明らかにパニくってるじゃん」

「どうにかできたなら、それお前じゃねえだろもはや」

(辛辣……! でも実際、どうにかしたのは私じゃないんだよな~)


 好き放題言われている涼音であるが、反論できる要素は現時点では無い。どう考えてもこのままゴブリンたちの慰み者に──となるところで、その瞬間は涼音の配信を行っていたドローンがしっかりと捉えていたようだ。


 涼音に襲い掛かろうとしたゴブリンの頭部が突如として破裂し、涼音の「ひゃあ!」という悲鳴が上がる。予想だにしなかったこの展開に周りのクラスメイト達からも「うおっ!」「何だよ今の」「え? 如月さんがやったの?」と、驚きと困惑の声が上がっている。


 そして聞こえてきたのは少年の声。涼音の視線が動けばドローンの映像もそちらへと向き、その声を発したパーカー姿の少年をはっきりと映していた。


「ちょっと待った、誰だよこれ。見たことねえぞ」

「他の配信者かな? 俺らと同い年ぐらいに見えるけど……誰か知ってる?」

「この人、もしかして如月さんを助けたの? ねえねえ、結構恰好良くない?」

「あ、それ私も思った。可愛い系ではないよね、何か大人っぽい」

「これだから女子は……」


 突然現れた謎の少年──彼は一体何者なのかとクラスメイト達は議論を交わすが、ここから映し出されたこの少年の戦いぶりを見て、全員が言葉を失う。

 異世界から扉を開きやって来る住人たちは、この世界で倒されれば亡骸などを残すことなく跡形もなく消え去ってしまう。だが一部の刺激的な配信を除けば、基本的にはあまりグロテスクにはならないように配慮するというのが、一般的である。


 しかしゴブリンの軍団を蹂躙している少年は、それをまったく気にしていないのか凄まじい戦いぶりを見せていた。涼音も改めて「やはりこれはグロすぎるのでは」と思ったが、今更動画を中断することもできなかった。涼音も同様に無言のまま、少年──リンがゴブリンたちをなぎ倒すのを見ていた。


 そして最後の一匹のゴブリンを涼音が倒し、この配信のために考えていた「今日もってったぜ!」という謎の台詞を高らかに言い放ったところで、涼音の配信は終わった。


「……とまあ、こんな感じで私の初配信は終わったんだけど……ほらね? こいつ、ここからだったでしょ?」

「いや、如月が倒したのは最後の一匹だけじゃねーか! 何がこいつ、ここからだよ!」

「つーか、このパーカー着た奴、何なんだよ。あの戦い方、おかしくないか? 配信に映ってるってのに、全然気にした様子もなかったし」

「顔は良いけど、これはさすがに引くかなー……」

「そもそも、この動画が本当に撮影されたかどうかも怪しいぜ。フェイク動画じゃねーの? 結構あるじゃん、他の配信者の動画の一部を切り抜いて、繋ぎ合わせたやつとかさ」

「あー、それっぽいかも。如月さん、編集技術はあるみたいだね」


 どうやらこの配信そのものの真偽が疑われているようだった。涼音の横にいる澪は「涼音、もういいでしょ?」とたしなめるように呟くが、当の本人は納まりがつかなかった。

 自分だけが疑われるならともかくとして、自分を助けてくれたリンまでもが疑われていることに涼音は怒っているのだ。


「黙って聞いてれば……! この配信はフェイクなんかじゃないし、私を助けてくれたリンさんもちゃんといるんだから! 連絡を取ることもできるよ!」

「涼音、案外ちゃっかりしてるね……」


 澪がぼそりと呟く。だがそこで「何だあ、朝から騒がしいな」と言いながら、スーツ姿の男性が教室に入って来た。このクラスの担任の教師である。


 ここからリンに連絡を──というところで、一旦ここで状況は打ち切りとなった。涼音の周りに集まっていたクラスメイト達が自分たちの席に戻る中、「おい」と涼音を馬鹿にしてきたグループの一人が声をかけ、にやにやと笑いかけてきた。


「そのリンって奴、放課後に学校の前まで呼べよ。あれが本当かどうか聞いてやるから」

「も、もちろん! お昼休みにでも連絡してみる!」


 涼音は勢いよく頷き、スマホをバッグの中に戻した。ショートホームルームが始まったものの、涼音は担任の教師が話している内容などまったく頭に入っていなかった。確かにそれどころではない状況になってしまったが。


(リンさんの疑いを晴らすために、リンさんに連絡を取って学園前まで呼び出すとか本末転倒じゃ……!? でも私の方から何か言ったとしても、多分信じて貰えないだろうし……ああ、結局リンさんに頼ることになってしまった……)


 頭を抱えたくなってしまうが、涼音はそれをどうにか我慢することができた。


 とにかく今の涼音は、こちらから連絡をしてリンが出てくれることを祈る──それしか頭になかった。

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