第七話 映っていたのは…(1)

「夜更かししちゃったから、眠いなあ……お気に入り登録しているチャンネルの数、少し減らそうかな……いや、でもアンテナは常に張り巡らせておかないと、世界に取り残されてしまう……」


 涼音は眠たげな顔で呟きつつ渡世市にある中でも一番の生徒数を誇る、私立渡世学園に登校している最中だった。渡世学園は男女共にブレザータイプの制服で、デザインの評判が良く、その制服を着るために入学を決めるという生徒もいるぐらいだ。


 加えて、頭髪などに関しての校則も緩いというのも大きい。基本的に頭髪は自由で、染めようがそれを注意されることはない。ただあまりにもトチ狂った髪型をした場合は、さすがに直すようには言われるが。


 涼音は髪の色こそ染めてはいないが、ボブカットにしているのは母親に「その髪型、似合うんじゃない? 多分」と言われたからである。それにこの方が、動画映えしそうだと思ったからだ。前回の初配信では視聴者数が三人に終わってしまったため、あまり効果を実感できなかったが。


(そういえば結局、リンさんに連絡できなかったなあ……まあいきなり、お気持ち表明的に連絡されても困るだろうから、今日か明日辺りにそれとなく……)


 涼音は夜更かしをしてしまった原因のひとつである、つい先日知り合った謎の少年リンのことを考えていた。彼と連絡先は交換しているのだが、まだ直接の連絡はしていない。昨日の夜に、連絡をすべきかどうか悩みながらお気に入り登録をしている配信チャンネルを見ていたのだが、連絡することなく眠りについてしまった。


 そもそもの話になるが、涼音を助けた際にリンは思い切り、涼音の配信に映り込んでいた。何なら涼音が倒したゴブリンは最後の一体だけで、その他は全てリンが倒していた。涼音の配信というよりは、リンの配信になっていたと言ってもいいだろう。


 リンが映り込んだ時点で配信を切ってしまうべきだったのかも知れないが、涼音はあの時にはそんなことまで考えが至らなかった。カフェで話した時には、リンは配信に映ってしまったことはまったく気にしていなかったようなので、涼音は配信した動画を削除はしていない。それをするような視聴数でもないというのが、涼音的には情けないのだが。


(でもリンさん、どこの高校に通っているのか結局、教えてくれなかったなあ。それも今度、教えてもらおうかな)


 涼音がそんな風に考えを巡らせている内に、渡世学園の校門前までやって来ていた。涼音は制服の胸ポケットから生徒手帳を取り出すと、この学園の関係者や生徒が校門を通過する際に必要なIDパスに生徒手帳をかさす。ケースの中に入っているIDカードが反応し、ゲートを通った涼音は学園内へと入っていった。他の登校している生徒たちも、涼音と同様に校門を通過している。


 そして涼音は左腰の辺りに鞘に収められた刀を差しているが、他の生徒たちも涼音と同じように帯刀していたり、片手剣など、様々な武器を持っていた。見た目としては物騒極まりないが、それはこの世界では必要不可欠なものである。


 扉予報である程度は扉が開く場所とその確率を知ることはできるが、天気予報と同じく予報でしかない。イレギュラーな扉が開き、そこから異世界の怪物が現れるとも限らなかった。それは渡世市内では非常に現実的なことである。だからその対抗手段として、武器の携帯は認められている。ただ銃などの火器に関しては、警察など一部の人間にしか許可はされていないが。


 そしてその武器の使用は、扉が開きそこから現れた異世界の住人に対してのみ許可されている。つまりはむやみやたらに振り回すことはできないということだ。


「はー、校門から本棟まで歩くなあ……寝不足の私にはしんどい……」


 生徒数の関係もあるが、渡世学園の敷地は広い。その敷地内には本棟や、主に移動教室などで利用される別棟がある。その他に体育館やグラウンド、売店にカフェなども揃えられており、この学園に入学した新入生は必ず一回は学園内で迷うことになるぐらいである。


 涼音は自分のクラスがある本棟の生徒玄関で上履きに履き替え、校舎内に入る。二年生の教室があるのは二階なので廊下を歩いた後に階段を上り、在籍している二年二組の教室へと向かった。その際に軽い挨拶を他のクラスの生徒たちと交わしながら、涼音は教室へと入っていった。まだ朝のショートホームルームが始まるまでは時間があるので、教室内はクラスメイト達の賑やかな話し声が聞こえてきていた。


 涼音が自分の席にバッグを置いたところで、一人の女子生徒がやって来てぽん、と肩を叩く。その様子からして、涼音と親しい関係なのだろう。


「おはよ、涼音。何か眠そうだね、また配信巡りでもしてたの?」

「あ、おはよう。うーん、それもあるんだけど、また別の理由もあってね……」

「なになに、別の理由って。気になるなあ」

「ふふふ、それに関しては内緒にしておこうかな。あ、そういえば、あのチャンネルの配信、見た? まさかあそことコラボするなんてねー」


 涼音が仲良く会話をしている彼女は小学校からの友人である、長内澪おさないみおだ。

 背は涼音と同じぐらいで、髪は金髪に染められており、肩の辺りまで伸ばされている。印象としては、涼音よりも大人びた感はある。


「配信を見るのもいいけど、私たちももう二年生だよ。そろそろ進学だとかも考えなきゃいけなくなってきたし、涼音も一旦、落ち着いたら?」

「前から言ってるじゃん、澪。私の夢は配信者になって、全世界でバズることだって。せっかくこの渡世市に住んでいるんだし、環境は整ってるじゃん」

「あー、そこは変わらないか。でも涼音、配信者の数はどんどん増えているんだよ? 渡世市に撮影で来る人たちも同じように増えてるし、トラブルも起こってるじゃない。そもそも、命の危険もあり得るし……」

「ちょっとぐらいの危険なら、覚悟の上だよ。配信をするには、リスクもつきものなんだし──」


 と涼音が言ったところで、「お前にゃ無理だって」と笑い交じりの声が聞こえてきた。むっと表情を変えた涼音が視線を向けた先には、男女数名のグループがいた。にやにやと笑っているのは、涼音と澪の会話を聞いていたからだろう。


「無理ってどういうことよ。やってみなきゃ分からないじゃない」

「いちいち怒るなよ、如月。お前のためを思って言ってんじゃねーか」

「そうそう。大して取り柄が無い如月さんが配信者になったところで、人気なんて出ないって」

「人気出るどころか、下手すりゃ死んじまうってのが分かってんのか? 俺らみたいに話題の配信として紹介されるなんて、如月が配信者になっても絶対無理だから。大人しく投げ銭でもしといた方がいいって」


 涼音を明らかに馬鹿にしている彼らは、涼音よりも先に配信者として既に何本も動画を出しているグループだ。渡世市では少年少女の学生グループによる配信も珍しくはなく──というよりも、それが主流になりつつある。そして彼らのグループはSNSで配信した動画が取り上げられたこともあり、新進気鋭の配信グループの一組として話題になりつつあった。涼音も彼らの配信を見たことがあり、悔しいが自分よりも実力は上だと認めざるを得なかった。


 そこに「あのさあ」と溜息交じりで、会話に入ってきたのは澪だ。その表情には怒りの感情が見て取れる。


「朝っぱらから勘弁してよ、そういうの。嫌な気分になるじゃない。涼音もいちいち相手しなくていいから。放っておきなよ」

「いや、相手するね! そもそも私だって、もう配信者デビューしているんだから! ちゃんとその動画もあるし!」

「……涼音、それマジで言ってんの? 初耳なんだけど」


 勢い良く口に出された涼音の発言を聞き、澪は明らかに驚いた表情を浮かべていた。言った後のことを考えていなかったのか、涼音はバツが悪そうに下唇をきゅっと噛んでいたが後には引けないと判断したのか、スマホを取り出すと机の上に画面が見えるようにそっと置いた。


「この前の休日に、一人でその配信もして来たんだから! ちゃんと証拠として、私が作ったチャンネルにその動画もアップされてるよ!」

「へー、それってその場しのぎの冗談じゃなくて? それなら先生が来るまでまだ時間もあるし、皆で如月の初配信の動画、見てみようぜ」


 教室内がにわかに騒ぎ始める。周りで一部始終を見ていたクラスメイトたちも「何か面白そうなことやってんじゃん」「如月さん、配信者デビューしたんだって」と話しながら、涼音の席の周りに集まってきていた。そんな中で澪は涼音の耳元に唇を寄せると、「ちょっと涼音!」と囁きかけた。その口調からして、明らかに焦っているのが分かる。


「その話、嘘じゃないの? 今ならまだ間に合うよ」

「何でここで嘘をつく必要があるのよ、澪。私だってあそこまで言われて、引き下がるような女じゃないってのを見せてやらなくちゃ」

「ああもう、無駄に勢いと度胸だけはあるんだから……」


 昔からの付き合いである澪は、涼音がこうなってしまってはもう何を言っても止められないと理解しているのか、諦めたように首を振る。涼音はスマホを操作すると、自分が立ち上げたチャンネルの画面を表示させ、つい先日に配信した動画を再生しようとしていた。


「クラスメイト諸君、刮目せよ! これが私の、初配信の雄姿だー!」


 涼音はこんな状況──いや、こんな状況だからこそなのか、妙に上がったテンションで言い放つと、自らの初配信の動画を再生した。涼音を囲んでいるクラスメイトたちも「おお!」と盛り上がっており、どんな絵面が見れるのか期待しているようだ。


 そして動画を再生し始めた直後に、涼音はあることに気づく。そのあることが重要すぎて、涼音は一気に冷静になってしまっていた。


(……そういえばこの配信で戦っているのって、殆どリンさんだよね? ……あ、ヤバい。どうしよう)


 だが今更、中断することもできない涼音は冷や汗を背筋に伝わせながら、クラスメイト達と再生された配信を眺めることとなった。

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