第10話 各界隈の震撼


 ソウルワールドには〈白亜の伽藍〉と呼ばれる中央評議会がある。


 ここではSSSSランク転生者が集い、世界のバランスを保つための会議が開かれていた。


 部屋の中央には6つの椅子が並び、椅子の前には6つのモノリス(石版)が立っていた。


『毒沼竜の洞窟が堕とされたようだな』


 石版達が語り始める。

 顔をみられないための措置だった。


『毒沼竜はあらゆる人間の天敵だ』


『我々が作り上げた竜の中では、異端とされる存在』


『毒と聞くと、人間は舐めてかかる。目に見えないものを過剰に恐がり、あるいは過剰に安心だと嘯く。クハハ!』


『人間の大半は五感や感覚でみえないものを理解できないからな。ククク』


『毒を食えると錯覚し死んでいくのだ』


『しかし毒沼竜が突破されました。それは〈洞察力〉を持つプレイヤーが現れたということ』


『いや。彼はそのような高尚なものではありません。【毒を吸っている】というだけです』


『能力は?』『スキル・呼吸です』


『無能なスキルのようだが……』


『しかし呼吸というものの本質を捉えている。呼吸とは、進化の現象そのものです』

『どういうことだね?』


『魚が陸にあがるとき、酸素をエネルギーに変える能力を手にしました』


『それが?』


『呼吸使いの本質とは、息を吸って吐くだけではない。呼吸の概念の本質とはすなはち、【本来毒となる物質を栄養に変える】ことです』


 モノリス(石板)達は黙った。


『あまりに飛躍しすぎではないかね?』


『だが彼は毒沼竜を栄養に変えた』


『適応を果たすことができるということか。まさか毒沼竜の向こうの〈奈落ダンジョン〉にも?』


『奈落ダンジョンは隠しステージです。報酬も配信による取れ高も、安全の保証もありません。あえて入るようなことはしないでしょう』


 そこで別の石版が、呼吸使いの情報を入手する。


『大変です。呼吸使いが……。自暴自棄となって奈落ダンジョンへと向かっています。深層第一層に踏み入りました!』


『『『なん……だと?!』』』


 驚愕する石版達。


『し、しかし適応はできまい。死んで終わりだ』


『……二層へと入りました。三層、四層……。圧倒的速度で踏破を始めています』


『馬鹿な……! 隠しダンジョンだぞ?!』


『瘴気を取り込んで浄化している。これでは奈落ダンジョンの意味が……』


『まあいいでしょう。深層ダンジョンはこれから増やすつもりだったんです』


『よろしいのですか?』


『イレギュラーなプレイヤーがいた方がおもしろい。ここは死後の魂魄の世界ソウルワールド。好き勝手に生きるプレイヤーがいたっていいでしょう』


『仕方がありませんね。皆さんが納得したのであれば』


モノリス(石板)達は一様に頷いた。


『これにて閉幕』


 白亜の伽藍の会合は『呼吸使いを見守る』と意見が一致した。





 王都では毒島アキラと姫宮イバラが一向が、凱旋パーティでバイキングをしていた。


 王宮の広い食堂。


 貴賓席のテーブルには、鳥や巨大魚の丸焼きがどんどんと散りばめられる。


 サラダの盛り合わせが各席に配られ、各テーブルにはスープの巨大鍋が鎮座。


 巨大鍋はすべてのテーブル合わせて10個ほどある。


 すべての鍋で味が異なるスープだ。


 主食も豊富でチャーハンやカレーライス、チキンライスやピザ、ナンなども揃えられていた。


「すげえ飯だなぁ!」

「ですね♡」


 毒島は腹のでたお腹を撫でながら、姫宮の肩を抱く。

 さっそくピザを手づかみで食べ始めた。


「毒沼竜が勝手に死んでくれて良かったぜ」

「こうして、おいしいものも食べれますからね」


 穏川、爪田などのパーティメンバーも次々に手をつけていく。


「うめぇ!」

「毒沼竜撃破様々ですね」


 毒島パーティメンバーは全員が示し合わせ『協力して毒沼竜を倒した』ということにした。


 アルトの活躍はすべて無視した。


 彼ら自身も『荷物持ちが覚醒し圧倒的な力を持つ毒沼竜を撃破した』など、信じられなかった。


 否。


 信じたくなかったのだ。


(私はみていたんだけどね)


 おいしい料理を食べながら姫宮イバラは思い出す。


 毒ガスから逃れ脇の洞窟に隠れていたとき、イバラはアルトの闘いの一部始終を岩陰からみていた。


 現世で共に入院していた男の子が、イバラを守って、毒のブレスを肩代わりした。


 毒のブレスを受け、確実に死んだと思われた。


 守って貰ったとき、イバラはラッキーだと思った。


 同時に『馬鹿じゃないの』とも。


 入院していたときはアルトしかいなかった。

 イバラは自分の美しさと女としての魅力を自覚していたから、アルトの存在は子供に思えていた。


 思い出すにひどいことばかりだ。


『一発ギャグ、やってやるよ。平等院鳳凰堂、平等院鳳凰堂……。尿道院!方尿堂!』


 センスの欠片もない奴。


(あいつと一緒にいると子供扱いされるのよね)


 年が近いから付き合っていたが、ソウルワールドに来て多数の男に囲まれてからは、アルトのことはどうでもよくなっていた。



 ――外の世界には素敵な男が山ほどいる――



 センチメンタルな少年なんかいらなかった。

 資本を獲得できる大人が、イバラは好きだったのだ。

 今だって、こうして料理にありつけている。


「うめーうめー。他人の功績で食う飯はうめーなぁ。イバラ」

「うっわ! 毒島さん。それはいわない約束でしょ?」


「大丈夫大丈夫。俺とお前の秘密だからな。漏らしたらぶっ殺すけどな」

「きゃはっ! それお互い様でしょ。戦いの真実をしってるのは私らだけなんだから♡」


「お前のそうとこが気に入ったぜ」

「私だって。アルファオスについて行けてサイコーだもんね」

「ったく。いい女だぜ」


 アルトが毒沼竜のブレスに包まれてから、イバラと毒島は洞窟に隠れた。


 毒島は「まあやりすごすしかねーか」といって服を脱ぎだした。


(こいつ、頭がおかしいわ)


 だがイバラはその豪胆さに惹かれた。


 アルトの功績を奪うことを考えたのは、イバラだった。


『ねえ。あいつ成長してがんばっちゃってるからさ。私たちで口裏合わせて功績奪っちゃおうよ』

『お前、天才!』


 イバラにとって律儀に毒沼竜と闘うアルトなどは、使用人のようにしか思えなかったのだ。


 闘いをしてくれる人なんて使いぱしりでしょ?


「毒島さんは権力の使い方を知ってるもんね」

「あん? いきなり褒めてくれるのか?」


「ぼっちなんてのは罪だもの。人間は集団で集まって組織の力を強めて、他人を蹴落として、のし上がってくれる人が強いでしょ」


「へっへ。肉くわせてやるよ。あーん」

「うん♡ あーん」


 イバラは毒島から貰った肉を頬張る。

 周囲のパーティは微笑ましく眺めている。


『ラブラブなカップルですね』


 毒島アキラと姫宮イバラは高笑いしながら、食事を食べ散らかし歩く。


「うま!」

「毒島さん。食べ方汚いっすよ」


 爪田に窘められるが、構わない。


「俺が貰ったんだからいーんだよ」


 食事の後、毒島アキラは王都からの表彰を受ける。


『王都を救った功績で、特A級探索者としてここに表彰します』


「ありがとうございます」


 表面は丁寧な紳士として取り繕った。


 楽勝だぜと毒島は内心で思う。

 人の功績を奪って食う飯はこんなにもうまい。


(さて。後は徹底的に息の根を止めますかね。街中に神裂アルトを立ち入らせないようにする。イバラをおっかけて俺を殺しにきたらやべーからな。【追放】だけじゃ生ぬるい。粛清レベルであいつを追い出してやる)


 かくしてアルトは街に居られなくなった。

 奈落に向かわざるを得なくなったのだ。


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