第8話 リスタート

 あれから俺は〈嘘つきの荷物持ち〉として追放された。


 毒沼竜撃破の功績を奪おうとしたことが罪状らしい。


 俺が呼んだ救援部隊らは皆、弁舌巧みな毒島を信じた。


『こいつが、全部悪いんスよ!』


 俺が助けたパーティメンバーも全員が毒島についた。


『そうだそうだ!』『荷物持ちの〈肺活量〉だ!』

『いらねーんだよカス!』『嘘つくんじゃねーよ!』


 毒島はサイコパスだ。


 サイコパスは従順な準サイコパスと共に徒党を組む。

 そして他人を食い物にするために、嘘も厭わない。


 俺は短い人生しか生きてないけど、高三までは学校に通っていたから、十分人間社会の空気を知っている。


 嘘つきほど周囲をとりこみ【動員】するのが上手いんだ。


 イバラに助けを求めても彼女は、目線さえ合わせなかった。


 俺の心は砕け散り、何も言い返せない。


 こんなに孤独で、ひとりぼっちで……。

 

 強くなんて、いれるわけないだろ……。




 後のことは覚えていない。


 はじまりの街〈リスタル〉を歩いていると『あいつ嘘つきの肺活量君だぜ』と住民から石を投げられた。


 宿に入りたかったがお金もなかった。救援部隊を呼んだために、お金がなくなっていたのだ。


 俺のお金で皆を助けたのに……。


「ギルドで仕事をとってこないと」


 俺は街のギルドに向かう。

 だがギルト長は俺を見るなり、白い目をした。


『英雄毒島さんを陥れようとした【嘘つき】にやる仕事はねえよ。野宿でもするんだな』


 あれから毒島は毒沼竜撃破の功績で、街の英雄になっていた。


 毒沼竜の洞窟の瘴気は、街の鉱山開拓を妨げていたという。撃破には大きな報酬が発生するらしい。


「お願いします。軒下だけでもいいので、居させてもらえませんか?」


 ギルドで酒を飲んでいた冒険者が俺に歩み寄り、酒をかけられる。


『嘘つきの最弱がまっとうな仕事につけると思うなよ? ぎゃははは!』


 酒場には笑い声が木霊した。

 俺は死んだ目でギルドを出る。


 イバラを守るためにひとりで毒沼竜に挑んだ結果がこれだ。

 社会的抹殺。


 努力をした。結果も出した。

 善人であるように努めた。


 だが世界に優しさなどはない。

 生き馬の眼を抜く。これが真理だ。


 すべてが、無駄だったんだ。


「無駄だ。無駄なんだ。強さも。善意も……」


 雨が振り始めた。


 俺は空を見上げ、死を思う……。


「表の冒険だったら俺の活躍は配信されていたんだ。でもこんなんじゃもう……。母さんにも顔向けできないな。ははっ……。姫宮もいないし。誰も……いない。俺はもう、死ぬしか」


 俺は街をでて、始めて転生した〈リスタルの丘〉にとぼとぼと向かう。


 雨に濡れている。体が寒い。

 生きようという意思がくじけている。


 だって、これ以上何をすればよかったんだ?

 強くなった。


 圧倒的レベルアップもした。

 でもそれは、問題じゃないんだ。


 俺には狡猾さがなかった。

 悪意に対抗するための悪意がなかった。


(丘の樹の上で首をつろう)


 そう思っていた。


 丘の木の根元に、大きな人型の兎が居た。

 転生初日に、ふたりで転生者の動きを一緒にみていた兎アバター……。


〈白咲ラビ〉。


 現世での入院生活のときに一緒だった、もう一人の子供だ。


「君は……。死ぬの?」

「ああ。死ぬ。もう、俺はダメなんだ」


「死ぬのは、駄目だよ」


 死ぬことさえウサギに阻まれた。


「どいてくれよ」


 だがウサギはどいてくれない。

 小さな体で俺に立ちふさがる。


「首を吊るんだ。もう限界なんだよ。生きている甲斐がないんだ」


「昔、ね。大切な人に教わったんだ」

「何を……?」


「自殺するくらいなら、殺せよって」


 俺もどこかで聞いた気がする。

 なんだったっけな。


「その人は言ったんだ。自殺をするのは、自分を責めるいい人で。いい人すぎるんだって」

「暴論じゃねえか」


「僕も始め暴論だと思ったよ。でもね。いい人が自殺をすると、世界は悪くなるんだ。だっていい人が減るんだからね」


「どっかで、聞いたことがある。でも殺すのは駄目だ。学校で人を殴ったらもうアウトだろ?」


 そうだ。

 殴ってやらなければいけない悪がいたとしても、殴った方が悪いことになる。


 緩やかな平和の代償だ。

 うさぎはにっこりと笑う。


「殺すってのは比喩だよ。ようは気持ちの話なんだ。悪人はぶち殺すくらいの気持ちでいないと駄目なんだ。そう言ったのはだよ」


 お兄ちゃん……。


 白咲トワを思い出す。


 俺よりも7歳も年下の10歳の子供だった。


 トワはいつも傷だらけで、足を折ったりして入院してきた。


 俺はイバラの車椅子を押すように、トワの車椅子も押して病院の庭を歩いていた。


 確か男の子って本人は言っていたけど。


 女の子みたいな男の子だった。


 亜麻色のショートカットの髪でほっぺたが赤い、可愛い子だった。


 男の子を可愛いと思うなんて、さすがの俺もやばいと思ったので、煩悩は振り払っていたものだが……。


(トワなら、会いたい。いまは知っている人なら誰でもいい。会いたい。安心、したいんだ……)


 もし目の前のラビと名乗る兎が、本当にトワなら……。

 どうして正体を隠しているんだ?

 

「ラビ。君は、何者なんだ? やっぱりトワじゃあ……」

「今は、休むといい」


 ラビのもふもふの手が、俺の肩に添えられる。

 ラビの顔は真っ赤だった。


「熱でも、あるのか?」

「ドキドキしているだけだよ。君は、憧れの人だから」


 俺が憧れ? 

 こいつは何をいっているのだろう。


「だから、死なないで。お願い。死なないで……」


 ラビがトワなのかはわからないままだ。

 でも、敵ではないらしい。


「行くとこがないんだ」

「僕の洞穴にくるといい」


 肩を組みながらラビはもふもふの白い手で俺の頭を撫でてくれた。


「ぅうぅう。ぅううう……」

「泣いて、良いんだよ」


 やがて、決壊した。

 ソウルワールドに来て初めての優しさだったからだ。


「う、ぅううう。うっぁ、うぁぁああああっっ!」


 俺は始まりの丘で、慟哭する。


 雨が強くなる。


 死ぬことばっかり考えていたけど、雨は死にたい気持ちさえも流してくれた。


「もふもふは、水が苦手なんだよ。急ごう」


 ラビと共に俺は〈兎の洞穴〉へと向かった。


――――――――――――――――――――――――――

第一章終了です!


今後の予定↓↓↓


復習しつつ


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