第7話 完全追放、そして奈落ヘ至る


「はぁ、ぁっ……。あぁぁッ!」


 姫宮の声は聞き慣れないものだった。


 よくわからないが、まずはダンジョン救援要請だ。ダンジョン救援要請とは、外部に助けを求める通信のことである。


 俺は洞窟の入り口で、ジェム水晶を起動する。


 ジェム水晶は様々な魔力を宿したツールだ。


 ダンジョン救援要請には50000エンが発生する。


 ちなみに今の俺の全財産は51000エンしかない。ダンジョン救援要請とは、それだけ高額なものだった。


「通信は……。繋がった! あの。毒沼竜の洞窟に挑んだものです!パーティがほとんど全滅しているので……。救援、お願いします!」


『ダンジョン座標確認。畏まりました。直ちに向かいます』


 要請完了だ。

 あとは洞窟にいる皆の様子を確認し、応急処置だ。


 俺は洞窟の脇道に隠れた皆を確かめる。

 まずは姫宮からだ。毒島とふたりで逃げてくれたようだが……。


「姫、宮……?」


 洞穴からの返事はない。


「ぁ……。っ……!」


 変わりに奇妙な声が聞こえる。


「具合が、悪いのか? 毒島さん? 姫宮は……?」


 毒島の返事もなかった。

 耳を澄ますと、肉の打ち付ける音が聞こえた。


「まさか……。そんなはずは……」


 俺は膝をつく。

 全身から力が抜ける。


 毒島が姫宮を犯している。


 俺にとっての地獄は毒沼竜との単独戦闘だけではなかった。


 呼吸能力によって聞こえてしまう。


『どうせ死ぬんなら気持ちいいこと死のうぜ』

『わかる♡ 私、実は……ワイルドな人が好きだったんだ』

『悪い女だぜ』


 無数の地獄が重なり合っている。

 視界がゆらぎ脳が破壊される感覚。

 

「闘ったのは、俺なのに。なんだよ、それ……」


 瘴気の返り血に塗れたまま、俺は膝をつく。

 馬鹿みたいに呆けることことしかできない。


 パンッ、パンッと肉のうちつける音が洞窟に響く。


 他の人間には聞こえていないが、俺は呼吸感知で全てを把握してしまう。


 パンッ、パンッと肉が小刻みに打ち付けられる。

 水気のある音が、耳に触る。


「か、はっ」


 姫宮の本気の吐息が手に取る要にわかる。


「っっっ~~~~~」


 やがて絞り出すような絶叫が聞こえた。


 俺は呼吸感知による第六感で、脇道の洞窟の向こうをみやる。


 サーモグラフィのように、呼吸の動きによって映像をみることができるようになっていた。


(やめてくれ。もう、やめてくれよ)


 ブレスマスターとして力が発動したことで、毒沼竜の撃破には成功した。

 同時に見えないもの、見たくないもの、聞きたくないものまで、鮮明にわかってしまう。 


(なんで俺ばっかり、こんな能力を……)


 洞穴の向こう。暗闇のシルエットがぼんやりと浮かぶ。

 闇の中でも俺には鮮明に【み】えている。


 姫宮の臀部が全てを物語っていた。

 行為が、【完全に完遂】されていた。


「うーし!」

「はぁぁ~♡」


 毒島の獣めいた声

 聞いたことのない姫宮の悦楽の声。

 やがてピロートークがはじまる。


『外の音がやんだな。救助隊でも来たのか?』

『でも毒島さん。ありがとう。私の側にいてくれて。でもアルト君は……』


『あーん? 肺活量のことは残念だったよ。瘴気のブレスを直撃したんだ。ありゃ死んだだろ』

『うん。でも私はアルト君のことを……』


『忘れねーと進めねーだろ。だから今ここで俺のものになったんだろ?』


 毒島と姫宮の会話の意味がわからない。

 俺はここにいる。闘ったんだよ。

 君のために……。


『アルト君とは病院で一緒だった。仲良しだったんだ。でも高校生だったし。お互い病気だから。付き合うとかはなかった。だからソウルワールドに来て、魂だけの存在で。でも生きている感じもあって。ふたりでやっていこうって……』


 そうだ。俺と姫宮は約束をしたんだ。

 生前、入院していたときの記憶が、俺の脳裏にフラッシュバックする。


 ソウルワールドではずっと一緒にいよう。

 俺が強くなって守ってやるって……。


 姫宮は今も俺のことを思っている。

 そのはずだ。


 なのに。毒島との行為は、完遂してしまっている。どうして……?

 毒島のピロートークは続く。


『でもイバラちゃんはさぁ。いままで楽しい現実を知らなかったんでしょ』

『うん。もっと外の世界で。皆と色んな人と楽しいことをしたかった』

『肺活量君のことは残念だったよ。だけど、洞窟の奥で身を潜めて、救援がくるっていう俺の案が実際最善だったわけだろ?!』

『うん。こうして生きてるもん。毒島さんのおかげだよ』


 違うだろ。

 洞窟に逃げる案は俺が考えたものだ。


『世の中生きてる奴が勝ちだからな。俺が最強だろ。ここからでたら俺の女になれよ』


 やめろ。

 やめてくれよ、姫宮。


 応えないでくれよ。

 俺が『君を守る』っていっただろ?


 言葉通りに俺は強くなった。

 毒沼竜を倒したのも俺なんだよ。


『もう、あなたの女だよ』


 姫宮の言葉は、絶望だった。


『アルト君はもう死んだからさ。本当のことを言うんだけどね。私は弱い人じゃなくて、強い人と一緒にいたかったんだ』


 姫宮はぎゅっと毒島にすがりつく。


『じゃあ、俺がぴったりだな』

『うん。病院だと同じ境遇だからアルト君しかいなかったけどね。近場にいたからってだけなんだ。今は毒島さんと出会えて一緒にいてよかった♡』

『さすがは俺の女だぜ』

『えへへ』

 

 なんだよ、それ。

 病院での約束は?


 ソウルワールドでは『ずっと一緒にいよう』っていっただろ?

 俺の中で、姫宮の笑顔が崩れていく。


 洞窟深層で俺は膝を付きひとりで呆けている。


 どれほど佇んだだろう。

 救援要請から3時間ほどだったが、俺にとっては永遠にも思える時間だった。


『生存者確認。大丈夫ですか』


 重装備をした救援部隊が洞窟深層に到着した。


「ぁ……」


 俺は呆然としたまま、うつろな目で対応する。


『他の生存者も洞穴で確認しました。防毒マスクが必要かと思われましたが、不思議と空気中の毒が消えています。毒沼竜の死骸が中央にあります。撃破されたものと思われますが、撃破者は不明です』


 洞穴に隠れていたパーティが、救出される。


 ――誰が毒沼竜を倒したのか?


 問いに応えたのは毒島だった。


「リーダーは俺です」

「では撃破した方は?」

「俺ですよ。リーダーですから」


 違う。倒したのは俺だ。

 嘘をつかれて、譲ってたまるか。

 俺は虚ろな目のまま、立ち上がる。


「俺、です。俺が一人でやりました」


 しかし救援隊の誰もが信じなかった。


『君が一人で? だってボロボロじゃないか』


「これは闘ったからです。両腕は折れていますが」

「こいつ嘘つきなんすよ。しょーがねー奴っすよね!」


 毒島は俺と肩を組んだ。

 俺は疲労と脳破壊でうまく応えられない。


「ぁ……。姫、宮ぁ……」


 俺は姫宮に助けを求める。

 瘴気ブレスから彼女を庇ったのは俺だ。

 彼女ならわかってくれるはずだ。


「本当のことを言ってくれよ。俺は皆を助けようと……」


 とぼとぼと歩き、姫宮に追いすがる。

 俺の姿はボロボロの襤褸雑巾のようだった。


 初めての竜との戦闘だったんだ。

 彼女を守りたいあまり無我夢中だった。


 必死だった。

 だから、限界を超えてがんばれた。


 それなのに。


「近づかないでください」


 ぴしゃり、と手が払われた。

 姫宮イバラは、毒島にすがりついた。


「なん……。なんで、なんで、なんで!!!」


『後のことは街で聞きましょう』


 俺は救援部隊によって、精神錯乱したとみなされ捉えられた。


 あとのことは覚えていない。


 この瞬間、俺の心は。

 完全に死に耐え、奈落に堕ちた。


――――――――――――――――――――――

次回で一区切りです。

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