第8話 落ち着け

 それぞれすねまで覆った二人の軍靴ぐんかが床を蹴る硬質な音が止んだ時、大公の居室の両開け扉を警護する軍人が、背筋を伸ばして敬礼した。


「大公は?」

「中でおくつろぎでいらっしゃいます」


 ありのままを述べた護衛兵に悪意はない。

 けれどもゲオルグは舌打ちしたくなるほど癇が高ぶり、眉間に皺を刻み込む。


 ふって湧いた絶好の好機に遭遇しながら、居室から出ようともしない男を総司令官として敬い、指示を仰がなければならないのだ。

 唇を固く引き結び、拳を握ったゲオルグの脇から不意に声がした。

 

「落ち着け」


 ゲオルグの黒の軍服の腕にエーミルがそっと触れ、宥めるように眉根をひそめる。

 曲者くせもののテオ大公の挑発に乗るなと碧の瞳でいさめられ、ゲオルグは我に返った思いがした。


 思案気なエーミルに頷いてみせたゲオルグは、強張る肩を上下させ、獅子をかたどる青銅製のノッカーを持つ。


「陸軍少佐ゲオルグ・リアーナ及び海軍大佐エーミル・ヨハンソン両名、入室の許可を申し出でたく参りました」


 黒光りする厚いドアをノッカーで叩き、ゲオルグは腹から声を張る。すると、入れという、安穏とした声音でのいらえがあり、ゲオルグはぐっと喉を詰まらせる。

 大公は女王が霞のように行方知れずになった時も、形ばかりは捜索命令を出したものの、その時もこんな声を出していた。

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