10. 妖魔の本性

 リティと食事をした日の夜、家に帰るとリビングのソファに座った。そこでスマートフォンを取り出して、ネコクラウドを起動した。


 画面には『ネコクラウド』のタイトルロゴが映っている。


 ロゴの下にはキャッチコピー。


『出会った猫と、触れあおう、一緒に暮らそう』


 その言葉を目にしたとき、思わずリティのことを思わずにいられなかった。


 絵美さんはある意味でこの言葉の通りに、リティと信頼関係を築いていったのかもしれない。



 画面をタップしてログインする。すると、斜め見下ろし視点の室内の画面になった。


 ブレザー姿の三頭身のアバターが、緑色の壁に囲まれた部屋に立っている。――それは僕のアバターだ。


 部屋の真ん中には、黒い猫がトコトコと歩いている。その猫は『ナイト』という名前で、家の外で偶然仲良くなった猫だった。


 自分の部屋を見るのも飽きてきたころ、画面を操作して、フレンド一覧を開く。そして、黒のアカウントの部屋に行く。



 黒の部屋は現実と同じく、モノトーンの配色だ。部屋には三匹もの猫がいた。


 その上、どこで手に入るかわからない、凝ったデザインの家具や猫用のおもちゃがあった。


 黒はネコクラウドに興味のない顔をして、なかなかやりこんでいるようだった。


 ――はじめは僕も、アプリの中の猫に愛着が湧くとは思わなかった。けれど、しばらく遊ぶうちになんとなく、猫たちのことが身近に感じられるようになった。


 そう、人間には想像力と共感力がある。


 なんども触れあうことで、人間はどんな存在とも心を通わせられるのかもしれない。


 スマートフォンのバッテリーがなくなってきたから、アプリを閉じて、スマートフォンへ電源ケーブルを挿す。




 加藤さんからメッセージが届いたのは、火曜日の昼休みのことだ。これから購買に行こうと思っていた矢先、


『ついに相原が本性を現した。あいつ、やっぱり人間じゃない』


 それを見た僕は、加藤さんに電話をかけた。


「はい、加藤です」

「もしもし、橘花です。さ、さっきのメッセージ……」

「ああ。実はきょう、相原が俺に襲いかかってきてさ」

「どういうことです?」

「いや、どうもこうもないよ。俺が仕事をしているときに、相原は急に俺に近づいてきて、襲ってきたんだ! それで俺は怪我をして……。やっぱり、あいつはバケモノだったよ」

「そんな! ありえない……」

「いやいや。そもそももっと、きみが早く対処していれば、こんなことにならなかったんじゃないか? これでも、前金を振り込んでるだよ? きみにいくら入るか知らないけどさ」

「まさか、リ……。いや、相原さんが。なにかの間違いじゃないんですか? いまは、相原さんはどうしてるんですか?」

「知らないよ。俺を襲ったあと、逃げていったから!」


 そんな怒声とともに、加藤さんは電話を切った。



 すかさず僕は、リティにメッセージを送った。


『加藤さんから聞いた。なにがあったの? 話を聞かせてほしい』


 するとしばらくしてから、返信があった。


『少しなら』


 それに僕は返信した。


『どこかで会えない?』


 やがて、待ち合わせ場所を指定するメッセージが来た。



 夕刻になり帰宅時間になると、僕はサブバッグを持ち上げる。そして、サブバッグの底に忍ばせている霜月を浅い位置に移した。


 なにが起こるか、わからないから。


 妖魔は豹変することもある。


 以前夜の公園でシズクと会ったときも、追い詰められたシズクは、急に自分を制御できなくなり、桂木さんに襲いかかった。


 あのときと同じく、リティと正気を失っているのだろうか。


 だとしたら、さっきのメッセージのやりとりは? 冷静なようにも思える。


 ――いや、それがリティの罠だとしたら?



 僕は逡巡しながら、夕日に染まりはじめた校庭を歩く。帰宅する生徒たちが賑々しく笑いあい、運動部の生徒たちがストレッチをしている。


 そんな中、僕はサブバッグを体に引き寄せ、重たい気持ちで校門を目指す。


 リティと戦いたくはない。そんなつもりはない。


 ――それなのに、心の中ではどう猫又と立ち回るか、考えはじめていた。



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