8. 危うい退魔師

 日が明けた月曜日の夕方、僕はまた、ネコテック社の近くのカフェにいた。


 手元にはメモ帳とシャープペンシルを持っていた。――近頃はさながら、探偵じみていた。


 目の前には加藤さんがいた。


「それで、相原は、やはり人間じゃないんだろうか?」


 加藤さんのその質問に対して、率直に答えることができなかった。


「すみません。もう少し調べさせてください。早めに、答えを出します」


 すると、加藤さんは訝しげに、


「専門の、退魔師であるきみが接触したのに、わからなかった。そういうことかな?」


 そのとき、注文していた僕のジンジャーエールが運ばれてきた。加藤さんはため息をついて、続けた。


「わかったよ。きみとしても、まだなにか引っかかることある、ってことだね」


 僕はうなずいた。


「はい……。そうです。そのためにも、もう少し相原さんのことを、教えてください」


 加藤さんは考え込む様子で店の天井を見上げた。


「そうか。まあ、二本の尻尾の話はもうしたよな。――あとは」


 そこでなにかを思い出したように、


「社員証をなくしたって。しばらく前に言ってきたな」

「社員証、ですか」

「ああ。社員証を、なくしたって。それで、再発行したんだ。――どうだろ。それくらいかな」

「はあ、そうですか」



 加藤さんは先に会社に戻っていった。会計は出してくれた。


 新機能の『マイネコシステム』の開発が大詰めらしい。なかなか忙しそうだ。


 加藤さんがいなくなってから、僕はしばらく思案していた。


 相原さん――いや、あの猫又は、『飼い主である相原絵美さんの代わりに守っている』みたいなことを言った。


 なにを守っている?


 なにから守っている?


 それに、なぜ妖魔がそんなことを?




 店を出た僕は、またネコテック社の近くに行った。


 そこで、相原さんが出てくるのを待つことにした。


 こんどは、もっとしっかりと話を聞かなければ。そして、のか。退魔師として、結論を出さなければならない。




 僕は駅に向かう相原さんの背後をつけていった。


 ――もはや、妖魔の尾行が板についてきた。それはどこか滑稽な感じもする。


 けれど、真実と善悪を見極めるのは、なにより重要なことだ。


 いちど砕けたガラスは、元には戻らない。


 なにを刺し、なにを刺さないのか。


 その判断がなによりも大切であり、そこが退魔の難しいところなのだと、僕は知りはじめていた。




 相原さんは、人混みの中で、焼き鳥屋の前で足を止めた。


『いるのはわかっているから、話をしましょ』


 そう言っている感じがした。


 僕は唾を飲んで、相原さんの背中へと近づいて行った。



「こんばんは」


 と僕は言った。


 相原さんは振り返って、


「どうしたの? きょうは」

「その……。もう少し、詳しい話を聞きたいなって。そう考えて……」

「そう。いい度胸だね。もしあたしがさ。ガオー、って歯向かってきたらどうするつもり?」


 そう言って、相原さんはいたずらそうに笑い、両手を持ち上げ、爪を立てる仕草をした。


 その瞳の中に、街のあかりがうつろっていた。店の看板や、車のライトの光が。


 その瞳の輝きを見たとき、僕はなぜか切ない気持ちになった。


 相原さんは不満げに、


「なーんだ。つまんないね。もうちょっとさ、怖がってくれてもいいのに」

「いや。怖いっていうかさ。なにか、あなたにも、事情があるのかなって」

「へえー。近頃の退魔師は、カウンセリングもやるの?」

「違うよ。違うけど。――僕は、あなたみたいな存在と、出会ったことがあるから。彼女も、街の中で、迷っていたから……」

「そう。なにか、きみって危ういね。危ういけど。――はじめてだよ。きみみたいな人間って」


 僕はおどろいて、聞き返した。


「え? どういうこと?」

「うーん。ま、いいや。とにかくさ、あたしの話を聞きたいんでしょ?」

「あ、うん。それはそうだけど」


 そこで相原さんは、顔を横に向けて、焼き鳥屋の看板を見た。


「いいかもね。きみになら……。よし、こうなったら、付き合ってもらうからねっ」


 そうして舌なめずりをする相原さんは、やはりどこか獣じみていた。

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