4. 猫又発見?

 翌日の放課後、僕は依頼者である加藤さんと会った。


 待ち合わせたのは、加藤さんの会社の近くの、ビルの二階にあるカフェだ。そこの窓際に僕たちは座った。


 加藤さんは三十過ぎくらいで、髪を真ん中で分けていた。黒ほどではないが背が高く、体つきは壮健としていた。目つきが鋭く、ストイックな感じがする。やや険があるが、なかなかの男前だ。


 加藤さんが出した名刺には、こう書かれていた。



  *  *  *  *


 株式会社ネコテックエンターテイメント

 サービス開発部

 エンジニア テックリード

 加藤かとう 星斗せいと


  *  *  *  *



「それで、猫又がいるってことなんですが……」


 僕がそう尋ねると、加藤さんは目力のある視線を上げて、


「はい。そうなんです。自分でも信じられないんですが。同僚の相原という人が、普通じゃなくて……」


 そう言って、こんな話をはじめた。


 加藤さんの会社は『ネコクラウド』という、猫と共生するVR空間――いわゆるメタバースのサービスを提供している。社員数は十名程度。


 加藤さんはその『ネコクラウド』の中心的な開発者のようだ。また、加藤さんの部下には相原あいはら絵美えみという人がいる。


 あるとき、その相原さんのお尻に、二本の猫みたいな尻尾が生えているのを見たのだそうだ。



 ――ネコテックにネコクラウドに猫又。なにかの冗談みたいだが、加藤さんの視線は真剣だ。だけど、彼みたいなカタブツそうな人がネコネコ言っているのは、どこか愉快だった。


「聞いてます?」


 と加藤さんは怪訝そうな顔をした。僕は少し焦って答えた。


「き、聞いてます。ええ、もちろんです……。それじゃ、いちど、会社を見させてもらってもいいですか?」


 すると加藤さんはうなずいて、


「なるほど。それもそうですね。現場を見てもらうのは、いいと思います。ただ……」

「え、は、はい。なんでしょう」

「急に退魔師の人がきた、となると、当の相原も警戒するし。周りもなにごとだ、ってことになる」

「はあ、そうですね」


 そうして加藤さんはしばらく眉根を寄せて考えはじめた。それでもやがて、


「よし、橘花さん。きみは、俺のいとこということにして。職場見学にきた、とかはどうだろう……。将来、エンジニアになりたいんだ、っていう」

「え、あ、はい。なるほど……」


 僕は納得できたような、できないような、そんな感じがした。――加藤さんは頭がよさそうだが、しかしどこか、浮世離れした雰囲気もある。


 考えすぎて失敗するタイプかもな、という感じ。


 それでも、加藤さんの案に反対する理由もなかった。




 翌日は水曜日だった。放課後になってから、ブレザー姿にサブバッグを肩にかけて、ネコテック社に行った。


 会社は、駅から離れた郊外の、ビルの一階にあった。通りに面した窓からは内部がのぞき見える。


 観葉植物に囲まれて、席が並んでいた。


 最先端のサービスを開発するIT企業というより、カフェという感じかもしれない。


 入り口にはガラスのドアがある。僕は加藤さんに続いて、会社に入った。


「こんにちはー」


 おどおどとそう言って、僕は社内を見渡した。


 カジュアルな格好の人々がおり、それぞれデスクでPCに向かっていたが、みんな、何事かと顔を上げた。


 そこで加藤さんは、


「すみません。彼が僕のいとこの、翠くんです。職場見学ということで、お騒がせしますが、申し訳ありません」


 社員たちは事前に話を聞いていたようだ。軽く頭を下げたり、「よろしくね」と声をかけてくれたりしてから、また仕事を再開した。



 そのとき、加藤さんはひとりの女性のほうを見て、こっそりと僕に耳打ちした。


「それで、相原というのは、彼女です」


 加藤さんの視線の先には、PCに向かうショートカットの女性の背中が見えた。白いブラウスに、紺色のスカートをはいていた。


 それに、たしかに彼女――相原さんから妖気が立ち昇っていた。

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