3. 焼肉と郷愁
高木先生は生ビール、僕はジンジャーエール、黒はウーロン茶。それぞれジョッキを持って、乾杯した。
その焼肉屋はアパートの近くにある個人店で、広くはないが安くておいしい。
「わたしはねー、ホルモンとか、ぐちぐちしたのが苦手なんだよね。食べたきゃ食べて。あ、きょうはわたしの奢りだから、お金の心配はいらないよ」
と高木先生は言って、赤身の肉をいくつか注文した。
黒はキムチやスープを注文した。そこへ高木先生は物申す。
「おいおいー! もっと肉を食べないか、若者」
すると黒はうるさそうに、
「これでも、バランス考えてるんで」
「あー、わかったよ。好きになさい」
そのやりとりを尻目に、僕は特上ロースを注文した。
「おいー、翠! 奢りだと思って容赦ないな!」
「あ、前から食べたかったんです……。すみません」
「気にするな! 出世払いだから」
「え、なんか怖い……」
ひととおり注文が終わり、やってきた肉をやっつけていると、高木先生は黒へ言った。
「大学は、どう? 民俗学の関連だよね」
すると、黒はウーロン茶を飲んでから答えた。
「そうですね。まあ、元々興味があったんで、それなりに」
「そうか。そりゃ、いいことだ」
「どうも……」
そうして、なんとなく話題の火が消えかけた。黒は話を盛り上げるタイプではないが、そんな黒とのやりとりも、どこか高木先生は楽しんで、慈しんでいるようだった。
そこで高木先生は言った。
「こうしてるとさ。前みたいだね」
その言葉に、僕は村でのことを思い出した。
僕が中学生になったとき、黒は僕と同じように村を出た。それまで、村ではよく遊んでくれた。お互いの先生は違ったが、ずっと兄弟みたいなものだった。
「あんたたちが、仲良くやってるみたいで、よかったよ」
僕はうなずいた。
「はい。夢魔のときも、いろいろと助けてくれましたよ。あくまで僕の試練、ということは、きちんと踏まえてですけど。……ありがと、黒」
と僕が急に黒を見ると、黒は「え」と驚いて、照れた表情をした。
「いや、おまえはさ、昔っからのんびりしてるから。ほっとけなくてな」
「そっか。やっぱりそうかな。のんびり、か。――それでも今回は、試練を終えてさ。高木先生や鬼梏村の人たちに、認められないとね。のんびりしてられないな」
そんなことを言いながら、僕は父さんと母さんのことを考えた。試練を終えて一人前になれば、そこでやっと両親と会うことが許される。
修行の妨げになるとされ、両親の写真も隠されており、想像の中の両親はいつもおぼろげだった。
それでも、僕は二人の姿を想像した。
父さんは大きな優しい顔をしていて、髭がちょっと生えている。母さんはふくよかで、いいにおいがする。――そんなイメージがあった。
腹一いっぱいに食べ、ぐったりとしていると、
「さて、次の標的も、しっかりやるんだよ」
と、真剣な表情の高木先生に僕は言った。
「ええ、わかってます。でも、変わった仕事ですね。今の時代に、猫又が悪さをする、なんて」
「たしかに、それはまあ、そうかもね……。いつの時代も大差がないのかもね。人間も、人ならぬものも」
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