20. 月光と夜明け

 シズクは街灯から飛びたち、桂木さんの近くを飛び回った。


 そのうち桂木さんが腕を伸ばすと、そこに安住の地を見つけたように、ぶら下がった。



 桂木さんはそんなシズクを見ながら、


「なるように、なったって、ことなんでしょうか……」


 僕は少し考えてから、


「はあ、どうでしょうか。そういうことに、しておきましょうか」

「それにしても、世の中、不思議なこともあるもんですね。いろんなことがありすぎて。まだ、まるで整理ができてないんです」

「まあ、そりゃそうですよ」

「それにしても、ほんとうに、すごい術ですね。消えそうなシズクさんを、コウモリにしてしまうなんて……」

「はあ、いえ。新しいシズクも、妖魔なんです。生き物としてのコウモリとは違うんですが。ただ、そうすることで、人間の精気がいらなくなるので。……それを、思いついて」

「なるほど。正直、よくわからないですけど。でも、とにかくすごいです!」


 それから桂木さんはふいに、真剣な表情をした。


「橘花さん。それから、柄元さん。ほんとうに、ありがとうございました」


 そう言って頭を下げてから、また顔を上げて、


「さて、帰りますね。シズクさんと一瞬に。――離れないみたいですし」


 桂木さんが右腕を上げると、そこにぶら下がったシズクは不機嫌そうに、「キッ」と鳴いた。




 僕は夜の公園を歩いてゆく、桂木さんの姿を見送った。


 そのあと、黒が目の前にやってきて、


「終わったな」


 僕はうなずいた。


「うん……」

「どうした?」

「なんだかさ。あれで、よかったのかな、って」

「どうだかな。ともかく、ノルマ達成、でいいと思うぜ」

「そっか。そうかな……」


 すると、黒は右手を伸ばして、僕の肩に置いた。大きくあたたかい手だった。


「上出来だろ。はじめてにしちゃ」

「ありがと。うん。そういうことにするよ。――なんだか、あれで退治したって、言えるのかわからないけどさ」

「十分だ。あとは二体、しっかりやろうぜ」



 そのときのことだった。


 急にあたりの空気が変わった気がし、怖気がした。


 キーン、と耳鳴りがして、こめかみが痛くなった。


 それに、なにかの視線を感じる。


 その重圧だけで押しつぶされそうな妖気。


 ――そうだ、恐ろしい妖気。


 その存在に、見られている。


 心臓が激しく脈動し、息ができない。




「大丈夫か? 翠!」


 その黒の声が聞こえたとき、やっと僕は重圧から解放された。


「どうした? なにがあった? 妖魔なのか?」


 そう言って黒はあたりを見回した。


「わからないよ。なにか、急に重たい妖気を感じて……」




 結局のところ、最後に見舞われた謎の妖気の原因は、わからなかった。


 疲れたせいで、通りがかったちょっとした妖魔の気配を、強く感じてしまったのかもしれない。


 ともかく、僕らは家に帰ることにした。


 夜空を見ると、ちょうど暗雲の後ろに、欠けた月が顔をのぞかせた。黄金色の、心をうばわれそうな月の光が。




 翌朝の火曜日。


 僕は学校に行く前に、高木先生に電話をかけた。


「おはようー! いい朝だね、まったく。どうした、翠」


 その声に圧倒されながら、それに対抗するように僕は言った。


「おはようございます。先生。僕は……」

「ああ。どうした?」

「やりましたよ。僕は、夢魔を退治しました」

「そうか、おめでとう! さすが、わたしの弟子だね。あんたなら、必ずやると思っていたよ」

「はい。なんとか」

「あの、泣きむし翠が、よくやった!」


 そこまで言われると、少し罪悪感があった。


 別に仕留めてはいないから。本当はそれを報告しなければならない。


 失敗よりも、嘘やごまかしを嫌う人だ。それはわかりきっている。


 けれど、それを言い出すこともできなかった。


「なにか、困ってるの? ほかに、言うべきことがあるとか?」

「い、いえ! なんでもないです」


 そのとき、スマートフォンが振動した。ちょうど、メッセージが届いた。画面を見ると桂木さんからだった。


 急いでぱっと、内容を見た。


 ――昨日は本当にありがとうございます。今朝、さっそく、高木さんに報告しておきました。なにかあったら、すぐに伝えるように言われていたので。それに、シズクさんとのこれからのことも。高木さん、感心していましたよ。夢魔をコウモリにしてしまうなんて――


 僕はメッセージから目を離し、またスマートフォンを耳に当てた。


「……聞いてる? それでね、翠。ちょっと、話があるんだ。今日の夕方にでも、そっちに行こうと思うんだが」

「え? あの、そんな、わざわざ、申し訳ないので……」

「いいや。遠慮する仲でもないだろう。翠。それとも、なにかやましいことでも、あるの?」

「い、いえ」

「それじゃ、のちほど、ね」

「は、はい……。わかりました」


 すると一拍置いてから、満足そうな声が聞こえた。


「それでよし」





・-・-・-・-・-・-・-・

 第一章が終わりです!

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます(*´-`)


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