16. 魔女っ子ライム、夜の公園

 桂木さんは僕の前に出て、ライムへ言った。


「こんばんは。どうも、ライムさん」


 するとライムは驚いたように。


「あ、あんたは! よく来るねえ。……けどさ、残念だけど、シズクはいないよ」


 そこで桂木さんは、


「え、そうでしたっけ。シズクさん、月曜シフト変わったんですか?」

「いや。そんなことはないんだ。でも、連絡が取れなくて……。メッセージ、送ってるんだけどさ」


 ライムの口調は、おそらく彼女の思う魔女っ子キャラから、徐々に素に戻っていった。けれど、相変わらずきびきびした口調であり、ますます高木先生に近づいていった。


 いや、そんなことはどうでもいい。僕は身を乗り出して、


「すみません、横から……。それじゃ、念のため……。桂木さんがきた、って送ってみてもらえませんか?」


 ライムは顔を上げて、


「え? なんで? ……ああ、そうか。そうかもね。シズク、桂木さんのこと……」


 すると、ライムはスマートフォンを取り出して、画面に向かって右手の指先を動かした。


 魔女姿のライムがそうしていると、まるでなにかの怪しげな黒魔術みたいだった。


「送ったよ、いちおう」


 そうして顔を上げるライムに僕は、


「あ、ありがとうございました。助かります」

「いえ、わたしもさ、気になってたから。シズク、出勤してこないしさ……」


 そこで桂木さんは困った様子でライムに聞いた。


「あの、さっき、私がどうとかって。シズクさん、私のこと、なにか言ってるんですか?」

「え? いや、まあね」

「私がいつも通ってるから、怖がられてるとか? ……ああ、やっぱり、どうしよう。私がまた来てるなんて送って、逆効果なんじゃないですか?」


 するとライムは鼻で嗤うように、


「違うよ。そうじゃないんだ。そういうことじゃ」

「ええー。シズクさん。連絡先とか、LINEとかも教えてくれないし。本当は嫌われてるのかな、とか……」


 するとライムは心底あきれるように、


「はぁ、ッたく。シズクもなんでこんなのに……」


 桂木さんはいっそう顔を曇らせて、


「え? え? なんか、すいません……」


 どうやら、桂木さんはシズクの――いや、夢魔の好意に気づいていないようだった。それに、シズクもそれを、表に出さないようにしていたのだろう。




 そのときライムは「おっ」と声を上げた。


「あ! シズクからメッセージだ。なに? えっと。桂木さんがほんとに来たなら、公園に……」


 どうやら、黒魔術は奏功したようだった。


 シズクは、公園で会いたい、とのことだった。僕がシズクと戦ったあと話をした、あの公園で。


 ライムは僕を上目遣いに見て声をひそめ、


「なにか、やばそうね。あの子、大丈夫なの? そういえば、最近、疲れてたみたいだし……」


 僕はなんと言っていいかわからなかった。そこで桂木さんは言った。


「とにかく、公園に行ってみますよ!」


 そうしてナイトティアーズの出口に向かった。




「悪い、待たせたな」


 エレベーターを降りた先で、ちょうど黒がやってきた。


「バイト、長引いてな」


 それから黒は桂木さんにも気づいて、


「あ、どうも。この、翠の仲間の、柄元黒つかもとくろと言います」


 桂木さんは頭を下げて、


「ああ、今回は、ありがとうございます。依頼人の、桂木信也ともうします」


 それから、僕は黒に状況を説明した。シズクが出勤していないこと。シズクと連絡がつき、これから公園で落ち合うこと。





 夜の公園には人がおらず、静まり返っていた。僕らは公園のベンチの近くで、シズクを待っていた。


 まばらな街灯がともり、そこに蛾や羽虫が集まっていた。虫たちは街灯にぶつかり、ときおり乾いた音をたてる。


 月は赤味をおび、そこにゆっくりと、暗雲が流れた。その月を観ていると、薄気味悪くなった。


 僕は手を伸ばして、ウェストポーチの重さを確かめる。霜月がそこにある。


 霜月を持って来るべきかは、少し悩んだ。シズクを始末するつもりはない。けれど、僕は持ってきた。認めたくはないが、やはり霜月を抜くようなことも、想定していた。


 黒はじっとベンチを見ていた。きっと、おとといの夜のことを考えているのかもしれない。黒はやはり、短刀を持ってはいない。


 そんな黒の横顔は、街灯の薄明かりをあびて、やはり魔性じみた端正さがあった。黒髪は夜気を吸ってつややか。その物憂げな瞳は、いつも深い闇を見ているように思える。



 そんなとき、公園の歩道を、足音が近づいてきた。――その影は、どこかぎこちない足取りだった。それから、弱々しいが耳慣れた声がした。


「お待たせ、翠。……それに、信也」


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